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HARUの織物制作「紬の着尺を織る」

昔のこと

今でこそ着物はよそいきの装い、着ることに気合いが入る特別なものですが、自身の子供時代の家庭では着物は身近で当たり前の服装でした 父は勤めには背広で行きますが、家では夏は浴衣、冬はウールの着物を重ね着していました 専業主婦の母は夏こそ手製のワンピースでしたが、秋の始め頃から単を着てその上にかっぽう着、寒くなるとウールの着物に代わり、ウールの上っ張りをはおって前掛けをして家事をしていました 二人とも、寝間着は年中浴衣で通していました そんな頻度なので、よそいきの着物は呉服屋さんで仕立ててもらっていましたが、普段着の着物や浴衣は家族のものすべて母が縫っていました

昭和の高度成長期の中で皆がそうであったように、子供たちは着物を普段着に着ることなく育ちました でも、自身の家にはごく当たり前に着物があり、見向きもされなくとも、母は娘のために少女時代から年齢に合わせた着物を縫い続けていてくれました
着ることはなくとも、普段着の着物はずっと身近なものでした

物作り全般を学ぶ学校に入り、1年生後期の始めの造形分野の選択の面接で、先生方から織物専攻を薦められました というより、半ば仕分けされました こちらも何が作りたいという確固たる意志を持っていなかったので、言われるがままに織物という未知のもの作りを選ぶことになりました 今思い出すと、受験のための見学のおり、織機のある校舎に入ったことがあり、そこに端然と並ぶ高機の姿に数秒見惚れたことがありました その見学の際の感動が脳裏に残っていて、半ば強引な仕分けでしたが、決して嫌な方向ではなかったようです 実際、その後途切れることなく染織を続けているのですから、出会いであったことは確かです

「着物が織りたい」と初めて口にしたのは、その仕分けをされた頃でした 自分で織った着物が着たいとか、どこかの作家の着尺の作品に感動したわけではなく、自身にとって1番身近の布だったからだと、今では得心します

着物はすぐには織らせてはもらえませんでした 2年間しか学ぶ時間がないこと、着物への関心が織物担当の先生以外にはなかったことなどが理由だったと思います

2年終了後、1年間研究生として学校に残り、その1年で綿の着尺2反、紬の着尺を3反を織りました 技術も何もない学生のこと、恩師の懇切丁寧なご指導がなかったらできなかったことです 綿の着尺1反は合成染料でしたが、他の着尺はすべて天然染料で染めました 染めだけではなく、絹糸の藁灰の精練も学びました 藁を使用した絹糸の精練をしたのは、研究生時代の1度だけです

着尺の素材に玉糸と真綿紬糸を用いたのはこの研究生時代が最初で、恩師の導きによるものでした ですが、1年そこらで自在に扱える糸でもなかったことも確かで、悪戦苦闘した思い出の方が大きいです
精練、糸染、そして、着尺を織ること 今自身が行っている制作の大半は、この研究生時代に学びました そうした時代に恵まれたことを、切実なほど感謝しています

一度、着尺をやめた理由

学校を出てからも綿や紬の着尺は織り続け、公募展に出しては落選を繰り返しました 何年かして少しずつ入選をし始めた同時期に、高機の織り手を必要とするデザイン会社に勤めたり、織機を使用する福祉施設で高機に経糸をかける仕事を経験しました これらの経験は貴重なものでした デザイン会社では、学校では習わない実際的な技法、教本には載っていない織物の考え方など学ぶことが多い反面、利益を上げることが優先されるために、通常では考えられない作業の速さも要求されました ミスが許されない仕事の合間に、自宅で着尺を織る余裕はありませんでした 福祉施設での経験は、それとはまた違った意味がありました 通っている方たちは織るのみで、職員は日々糸巻き、整経、糸通しに追われました 時間に追われるのはデザイン会社と同じでしたが、福祉の世界で織物が役立っているという社会に対する責任のようなものが毎日を支えていました

この頃に知り合った年配の染織作家の方に、「着尺を織らなければ一人前ではない」と言われたことがあります
その言葉に強い反発を感じました 着尺だけが織物ではない、と

着尺を織ることは好きでしたが、それのみに固執することも嫌で、タピストリーなども好んで織っていました ただ、反発の反面、何故着尺を織るのかを考えるきっかけにはなりました そんな思いの中で、福祉施設の仕事の合間に久しぶりに公募展のための紬の着尺を織りました この着尺は入選はしましたが、その直後、それまでの入選落選問わず織った着尺をすべて見直し、好んでいた絣の柄ゆきが次第に大きくなっていたことをようやく自覚しました 公募展のために織っていたために、着る着物ではなく、入選を目指すため、見せるだけの着物になっていることを痛感しました

タピストリーを織っているようだ、自分の制作の流れが変わってきたのだと
その頃の自分自身の染織は、「仕事」ではなかったのだと反芻します 仕事の意識があったのなら、そのことに反省したはずです でも、その時は自意識が勝っていたために、あっさりと方向転換をしました
この時に入選した紬の着尺を最後に、もう着尺は織ることはやめようと思いました

再び、着尺を織り始めた理由

10年間ほど、年に1、2回の割合で個展の展示制作でマフラー、ショール、タピストリー、その他コースターやブックカバーなどの小物などを織り続けました 年に1、2回は少ない数ですが、1回の個展のために半年程の準備期間をかけて、ギャラリーのスペースやテーマに沿って100点以上の作品を織り、縫製をしました 当初は自分の好みが強かった色も、観てくださる方のご意見を伺うことで、美しい色を心がけるようになりました 季節に沿った素材感を意識し始めたことも、この10年間の結果です

糸を選び、技法を変え、少しずつ違うものを織り続けることは模索の連続でしたが、今思えば着尺を織っていた頃の引き出しが開けられていたように思います
そうした個展活動の合間に、着付けを習った時期があります 1年くらいの短い期間でしたが、その時に、昔々母が縫ってくれた着物に初めて袖を通してお稽古をし、母の自慢の着物を娘の寸法に仕立て直してくれた逸品を着て街を歩く楽しみを知りました

着付けを覚えたことが、着物への素直な愛着を思い出させてくれました
何よりも、着物は着るものだという目的を自覚しました

10年間の最後の頃に借りていたギャラリーが閉廊し、同じ時期に家族の介護を終えました この時期、あと何年織ることができるかと考えるようになり、それならば悔いのない生き方をしたいと思うようになりました
悔いのない生き方=本当に織りたいものを織る 染織制作は生活そのもの、織っていないと息苦しささえ感じるようになっていました
もう1度着尺に戻りたい 未熟なまま、「かって織ったことがある」という触れ込みだけで終わらせたくない、心の底から思いました

以下余談です 染織は趣味に最適だと思いますし、生き甲斐にすることもできます でも、仕事にすることは難しい分野です 徹底的に商売にするならば話は別です それをするならば、10年間続けてきた個展制作よりもさらに時間を切り詰め、織ることよりも売ることに重点を置いた制作をする必要があります それをせず、織りたい着尺だけを織ることは、染織を仕事にしないことともいえます 着尺は簡単に販売できるものではありません むしろ売ることが難しいものです 冒頭に記したように、着物自体特別なものになってしまった時代ですから

織るための名目が何であろうとも、今度こそ着るための着尺を織りたい あと何年織り続けられるかわからないけれど、許される時間の中で納得のできる制作をしたい そう思ったことが、着尺を始め和装の織物制作を再開した理由です

「着こなせる着物」を考える

実際に着物を着るとわかりますが、和装用具一式との調和で着物の活かし方が変わります 一番目立つところで、着物と帯の相性があります  人により考えは様々ですが、外連(けれん)みのない着物姿は、それぞれの程良い合わせ方だと思います

着物も帯も、技法を感じさせず、でも、引きつけるものがあること 着たいと思う魅力があること そうした和装が「着こなせる着物」だと考えます
でも、未熟な織り手は技法の盛り込みに喜びを感じてしまいます 食傷気味なほど盛りだくさんに技法を凝らして、自己主張と自己満足の塊になってしまい、結局は着こなせない着物になります 公募展のために着尺を織っていた頃の着物はそうしたものでした この悪癖を治すには、とにかく着物を着て自分の着物感覚を養うしかないのです

さらに、自分で着たいと思える着物や帯地を観るようにします 呉服屋さんでも作家さんの展示会でも、一流の作品を拝見することは勉強になります 自身の住む街は、染物が地場産業です ここ数年地域を盛り上げようと様々な企画が催されています 先年、母校でもある小学校の体育館で地元の染色作家たちの展示会があり、そこで拝見した着物や帯地の数々には本当に圧倒されました(*) 技法は手書き友禅や型染めで織物とは趣は違いますが、何時間見続けても見飽きない、脳裏に焼き付くとはこういうことをいうのだな、と感じました こうした展示会で、制作意欲の火が灯ることもあります この帯地に合う着尺はどんなものだろう、どんな素材で織ったら映えるだろう、などとひとりで空想に浸ったりします

(染の小道 → http://www.somenokomichi.com/ *2013年2月開催の染の小道)

こんな試行錯誤を繰り返していき、自身が着こなせる着物=自身の着尺制作でいいのではないか、と考えるようになりました 和装の調和を身につけることとは別に、染織制作をする者として技法の習得と鍛錬も必要な原点です 和装の染織は、着尺か帯もしくは帯地を制作することが主になります 着物と帯、どちらが欠けても和装にはならないのですが、だとしたら、着尺を主に続けていきたい、と思ったのは、やはり紬の着尺への未練が心の底にわだかまっていたからだと思います

そして、紬の着尺

ここに記す制作以前に、紬の着尺は三反織りました
1度目は、久々の着尺制作のため練習でした 打ち込みの勘を取り戻すことと、緯糸の真綿紬糸の必要量を確認することを主な目的にしました 糸は、手持ちの玉糸や真綿紬糸を取り混ぜて使用しました この手持ちの玉糸は、かって着尺を織っていた時の未使用の糸や、母校の学科の廃止に伴い譲って頂いた糸たちです 精練済みの良質の玉糸や本糸なのですが、年数が経っていて糸の劣化が進んでいたのと、大雑把にしまっておいたので正確な番手や枠周がわからなくなったことなどで、糸なりがどうでるか不安があり、意匠は考えず無地に織りました 経糸はコチニールの銅媒染の濃淡色を無作為に整経し、緯糸の真綿紬糸は900回くらいの番手の糸をカリ明礬のアルミ媒染の後に、煮出したコチニールに酢酸を足して明るい紫色にしました 真綿紬糸はムラになりやすく、繰りを怠ると綛にかなりの濃淡が出てしまいます 練習という目的もあり、かなり乱暴に染めたので見事なムラになりました そのまま一通りの工程を終えましたが、作品というには恥ずかしい出来です
緯糸の真綿紬糸の必要量は把握できましたが、着尺の打ち込みがこれで良いのかどうかの不安は残りました


2度目は、1度目の反省もふまえて、糸を選んで購入しました 織物制作全般に当てはまることなのですが、着尺を織る時は正確な綛の枠周と上げ数が必要になります 着尺に使用する絹糸は、高価な上、手に入りにくくなっている糸もあります 大切な糸を必要以上に染めてしまうよりは、あらかじめ計算して必要量を染める方が得策です 綛の枠周と上げ数は、そのために大切です また、1度目の練習では緯糸の真綿紬糸は900回以外のものも含まれていて、織面に凸凹感が出てしまいました まだ手持ちの真綿紬糸はありましたが、着尺用には1100回の真綿紬糸のみを使用することにしました

経糸は、新たに購入した糸の他に手持ちの糸も混ぜることにしました 使い方次第で購入した糸との素材の違いを引き出すことができるかもしれないと思ったからです 素材の違いといっても同じ玉糸の番手なのですが、問屋さんが違うことと手持ちの玉糸の方が堅い感があり、おそらく八分練りくらいの精練であるために出る素材の違いだと思います 数種の玉糸をアルミ媒染のエンジュで染め、緯糸の真綿紬糸はアルミ媒染のタマネギの皮で染めました ムラに懲りていたので、必要量の真綿紬糸を4つに分けて濃、中、淡、極淡のグラデーションに染め、一回の糸染の綛数を少なくしてできるだけムラにならないように繰りました 糸染の手順を先に決めたので意匠は後になりましたが、経糸の鮮やかな黄色、緯糸の金茶に近い黄色からクリーム色の黄色のグラデーションを活かすために、単純な緯段(よこだん)にしました 2度目の着尺は打ち込みに心がけ、その日の気分で手元がおろそかになることだけは避けようと思いました

出来上がった着尺は、自身が思っていたよりも緯段が大柄でしたが、練習の1度目を除けば、これが自分なりの紬の着尺の復帰一作目と思っています


3度目は、今まで扱ったことのない絹糸を購入し、その糸で経緯絣の着尺を織ることにしました 昔、綿糸で経横絣の着尺を織った時の意匠を再現することが目的で、そのために玉糸のように光沢のある絹糸ではなく、一見綿糸のような素朴な風合いの糸です 緯糸は2度目と同じ真綿紬糸の1100回です 染料は丹殻(タンガラ)で、これも初めて染める染料です 銅媒染で明るい赤茶に染まります 通常は経糸と緯糸は多少でも色の違いを持たせるか、濃度を変えるかするのですが、経緯絣を主役にしたので、同程度の濃度に染めました ただ、素材が違うので、まったく同じ色ではありません

以前に織った綿の着尺は絣がズレ過ぎて、心が萎える出来でした 挽回の意味もあり、同じ意匠で織るつもりで絣を括りましたが、またまた経絣のズレが激しくなり、ほとほと参りました ただ、昔と違うことは、ズレた絣を活かす方法を考える余裕ができたことです 作業中2回意匠を変更しました 意匠の変更は時として忸怩たる思いがあるのですが、この時は自身でも驚くほどあっさりと変えました 意匠に執着するよりも、染めた糸を無為にしたくないと思いました

長い試し織の末、ようやく決定した経緯絣の意匠は当初の計画より簡潔になったと思います ただ、久々の経緯絣の着尺だったので、絣のズレの調整に手間取りました 糸は生き物だと、本心から感じました

そして、4回目の紬の着尺が今回の制作になります

紬着尺の糸

紬(つむぎ)は、抽(ちゅう=引き出すの意)の字から変化したもので、綿状(わたじょう)にした真綿から糸を引き出す糸、もしくは織物のことをいいます

家蚕(かさん)の繭から生糸を繰り出す工程で除けられる屑繭や、複数の幼虫の玉繭を集めて、真綿(まわた)にして糸に引き出したのが真綿紬糸です 柔らかい毛羽立ちが特徴で、主に緯糸に使用します 真綿紬糸の単位は、「回数」と「匁(もんめ)」があります ここでは主に「回数」の単位を使用します 回数が大きくなるほど真綿紬糸は細くなります 着尺に使用する真綿紬糸は800回以上が適当です

紬着尺の経糸は、織物の地場産業では厳密に指定されますが、個人制作のそれはそれぞれの個性になります
玉糸や真綿紬糸を経糸に耐えられる強度に撚った糸を経糸にし、緯糸に真綿紬糸で織る あるいは玉糸と本糸(=生糸)を経糸に緯糸を真綿紬糸で織る 本糸のみの経糸で真綿紬糸の緯糸で織ることもあります

自身の学生時代に教わった素材は、110中2の玉糸と60中3の玉糸でした 玉糸とは、繭の中に複数の幼虫がいる玉繭から引かれる糸です 玉糸の特徴は節が多いことです その節が味わいになります 玉糸にせよ真綿紬糸にせよ、生糸に比べると光沢感は劣りますが、素朴な風合いは着物好きを無条件に惹きつけるものがあります

織物制作で欠かせないことに、自分に合った糸屋さんを探すということがあります 自身は、1、糸見本があること 2、必ず定番の糸があること 3、問屋さんであること 4、比較的安定した価格であることを、最低条件にしています

糸見本は写真ではなく、必ず実物のものを頼んでいます 有料のところがほとんどです 定番の糸は、現品限りの糸では一時だけの制作になることが多いからで、繰り返し同じものを織ることを考えてのことです 問屋さんからの購入は、安定した価格の理由とほぼ同一です それと、問屋さんの方が生成り糸の種類が多いこともあります

現在、絹糸は京都の吉川商事で購入しています 糸見本の説明がわかりやすいこと、精練が丁寧なこと、着尺に向いている絹糸を幅広く揃えていて、選びやすい糸問屋さんです

(西陣の糸屋 (有)吉川商事HP → http://www.kinu.net/

これらの玉糸、真綿紬糸は、国産が少なくなってきています 上記した糸も価格の関係上中国産を選んでいますが、決して粗悪品ではありません その輸入の糸も先細りしているとの情報もあります 糸を愛する者として、これらの糸を途絶えさせない意味でも紬の着尺を織っていきたいと思っています

今回の紬の着尺は、経糸を「玉糸110中2片撚」、「玉糸60中生糸付」を使用します
玉糸110中2の糸は、紬着尺の定番の絹糸です 細さは、110 × 2 = 220d(デニール)です また、玉糸60中生糸付は、玉糸60中に生糸を合わせた糸です 玉糸に生糸の光沢感が加わり、布を華やかにしてくれます 細さは210dです 単一の糸のみを使用するよりも、少し顔の違う糸を並べることで風合いが深くなります その時には糸の細さ考慮し、ほぼ同じ程度の糸を合わせるようにします

緯糸は、真綿紬糸1100回を使用します 800回よりはやや細いですが、2度目、3度目の着尺を織った時の厚みや感触が良かったので、当分この回数を定番にしようかと考えています

*絹糸の単位「中」「d」については、織物の工程「単位」をご参照ください

意匠

「着こなせる着物」という自身のテーマは、1度目はともかく、2度目、3度目の紬着尺の制作で活かされたかどうか、実のところ自信がありません 2、3度の制作で満足する方が驕りというものです 自身なりに導き出した答え、「自身が着こなせる着物=自身の着尺制作」の気持ちに正直に4回目の意匠を考えます
2回目の緯段のぼかしの着尺の時にイメージは浮かんでいました それを簡単に紙に写し出してみます

1つのパターンが0.4寸の赤い経縞のぼかしです 0.4寸の幅に3種の濃淡の経糸が入る予定です 今回は、3種の濃色中色淡色の赤い糸の並び方で微妙な濃淡を出してみたいと思います
この方眼紙は、鯨尺用の1分(ぶ)間隔です 鯨尺の筬を扱っているために、敢えて特別な方眼紙で筬目と同じ実物大に描いています この作業を、自身はとても大切にしています 頭に浮かんだイメージだけでは、織物はできないからです
着尺に使用する筬は細かい筬目なので糸1本1本を描くことは難しいですが、1分間隔の方眼紙でおおよその縞の有り様を視覚化できます 1分に糸が何本必要かはわかりますから、おのずと表したい縞の幅と本数は割り出せます
自身は、意匠の書き込みに色鉛筆を使用しています 学生時代からの習慣ですが、経糸と緯糸で表される完成予想図を表現するためには、的確な道具だと思い、使い続けています

計画・1

4度目の紬の着尺の糸染は、実際の織物の工程に入る前の4ヶ月前から始まっています 3度目の経緯絣の進行中に糸染を進めていました 天然染料は時間の経過とともに色味が変わってくるからです 綺麗に「色が落ち着いてくる」とも言いますが、天然染料の不安定さのために色が退色していくのだと考えています 退色であっても、その色自体が悪いわけではなく、それぞれの染料の性質からくるものです 退色の少ない染料、大きい染料の差はありますが、いずれにしてもそれを待つ時間が必要なことは確かです
この待つ時間を含めて、紬着尺の織り計画になります

充分足りる糸を染めるための糸の計算が必要になります

    50羽/丸羽
    10寸 + 3% = 10.3寸 → 10.4寸
    長さ
    34尺 … 約12.92m → 13m
    全本数
    50 × 2 × 10.4 = 1040本
    整経長
    34尺 × 5% = 1.7尺
    34尺 + 1.7尺 = 35.7尺 + 2尺 = 37.7尺 + 1尺 = 38.7尺
    38.7尺 ≒ 39尺 → 14.82m ≒ 15m
    経糸総全長
    1040 × 15m = 15600m

紬着尺に使用する筬は、50羽の丸羽に決めています これは自身が持っている1番細かい筬です また、玉糸110中2 = 220d、玉糸60中生糸付 = 210d の糸には、50羽の丸羽がしっくりと合います 着尺を含め体をまとう織物は丸羽で織ることが多いですが、これは織布の密度が緊密になって丈夫に打ち込めるからです 着尺も筬の羽数は糸により変わることはありますが、必ず丸羽で糸を通します

着尺は、最低でも幅1尺 = 10寸必要です 織り上がり幅が10寸必要なので、それに3%の織縮みを加算します 幅の織縮み率は、素材により差があります 真綿紬糸を緯糸にする紬着尺は、経糸よりも緯糸の方が太めなので、織縮みが少なくなります

着尺の長さは、厳密に決められていません 身長の高い人や、背中心の身ごろで柄合わせをする柄ゆきは長く織ることもありますが、今回は経縞であることと紬は本来普段着であること、普通程度に高い身長の方でも34尺あれば袷(あわせ)単(ひとえ)とも足ります ちなみに、身丈(着物の身ごろの長さ)は、身長の + 5cm です

織り上がりに必要な長さが34尺として、経の織縮みは5%程度です これも素材により多少の違いがあります 34尺に5%の1.7尺、さらに試し織分に2尺、織れない捨て分の経糸に1尺を加算し、整経の長さを38.7尺と割り出します これは、おおよそ39尺と考え、39尺 × 38cm(1尺 = およそ38cm) = 1482cm = 14.82m → 15m の整経長という計算になります

整経の長さから、使用する経糸の総全長を計算します 経糸の全本数は、50羽 × 2(丸羽) × 10.4尺 = 1040本 です 全本数に整経長をかけて、1040本 × 15m = 15600m と割り出されます ここで経糸総全長を求めるのは、必要な綛数を染めるためです

前述のように、使用する絹糸は110中2片撚と60中生糸付です 絹糸には枠周と上げ数を示す表示があり、110中2、60中生糸付の共1綛の枠周は1.27m、上げ数は2000回と表示されています 枠周とは綛の1周の長さのこと、上げ数は1綛に何回巻かれているかを示す数字です 双方同じ枠周と上げ数なので、どのような経糸の並びにしても同じ使用数になります 1綛の長さは、1.27m × 2000回 = 2540m になります

経糸の総全長は15600mですので、15600m ÷ 2540m = 6.1417… 計算上は6綛とちょっとの使用綛数ですが、ここでは7綛を使用することになります

大管配分

意匠の項で、3種の赤の濃淡でぼかしを表したいと記しましたが、これは整経の際の大管の並び方で調節します 110中2の濃色をA、60中生糸付の中色をB、110中2の淡色をCとし、1パターンの0.4寸の中で、A、B、Cの大管の配分を決めます 今回は糸を染めすぎないために、この段階で大管の本数を確定します

濃色 → 8目 *目は筬目 *()内は糸本数
1. Aのみ  大管 4本(4×2=8本)
2. A    大管 3本(3×2=6本)
  B    大管 1本(1×2=2本)
中色a → 6目
  A    大管 2本(2×2=4本)
  B    大管 4本(4×2=8本)
中色b → 4目
  B    大管 3本(3×2=6本)
  C    大管 1本(1×2=2本)
淡色 → 2目
  Cのみ  大管 2本(2×2=4本)

     計 大管 20本(20×2=40本)

上記の配分から、各色の糸全長を計算します
1パターン0.4寸間の各本数

A 110中2    8+6+4=18本
B 60中生糸付  2+8+6=16本
C 110中2    2+4=6本

10.4寸 ÷ 0.4寸 = 26パターン → 織幅10.4寸で、濃、中、淡、各色が26回繰り返される

A 18本 × 26 = 468本
  468本 × 15m = 7020m
  7020m ÷ 2540m = 2.763…  → 3綛
B 16本 × 26 = 416本
  416 × 15m = 6240m
  6240m ÷ 2540m = 2.456…  → 3綛
C 6本 × 26 = 156m
  156m × 15m = 2340m
  2340m ÷ 2540m = 0.921…   → 1綛

以上のように、それぞれの本数に整経長をかけ、1綛の長さで割って、確実に必要な綛数を計算します

経糸の糸染

染める経糸の綛数が決まったので、糸染に入ります
今回使用する染料は、コチニールとインド茜です 赤を染める時の天然染料は、コチニールとインド茜を使用してます 共にアルミ媒染にします
コチニールのアルミ媒染は紫がかった赤、インド茜のアルミ媒染は昔から言われる茜色に染まります コチニールは染着力が強く、重ねて染めなくても充分に色が出ますが、茜の濃色は2、3回は重ねて色を濃くします また、重ねた方が色の深みが得られます
天然染料で糸を染める時、思い通りの色に染まらなかったとしても、表れた色を受け入れることにしていますが、染める前はやはりある程度のイメージは持って染料を決めます

コチニールの赤だけでは強く感じられるので、それに茜を重ねて赤みを和らげたいと思っています
濃、中、淡色のコチニールの濃色から染め始めて、最初にコチニールの3種の色を染めます そして、時間を置いてインド茜をそれぞれに重ねていきます 時間を置くのは、赤系の色は色の変化が大きいからで、充分に色が落ち着いてから重ねた方が望んだ色に近づけると思うからです

コチニール

    いづれも先媒染
    コチニールの濃色
    カリ明礬 4% コチニール 9%
    コチニールの中色
    カリ明礬 3% コチニール 5%
    コチニールの淡色
    カリ明礬 2% コチニール 濃色+中色の残液

コチニールは、残液で染めることができます 最初に染めた染浴で9割方色を吸い上げているので、かなり淡い色になりますから、媒染の割合も少なめにします また、コチニールのアルミ媒染は、カリ明礬を用います アンモニア処理は行いません

上記で染めたほぼ1ヶ月後、今度はそれぞれの色にインド茜をかけていきます

インド茜

    いづれも先媒染 媒染の後にアンモニア処理
    インド茜の濃色
    酢酸アルミ1% インド茜粉末 10% (カリ明礬4%+コチニール9%に重ねる)
    インド茜の中色
    酢酸アルミ3% インド茜粉末  40% (カリ明礬3%+コチニール5%に重ねる)
    インド茜の淡色
    酢酸アルミ2% インド茜粉末 20% (カリ明礬2%+コチニールの残液に重ねる)

以上のように染め重ね、2ヶ月程また置いておきます その間、他の着尺を織ったり、別の糸染をしたり… 色が落ち着くまで、ゆっくりと待ちます


そして、2ヶ月後の経糸です ややコチニールの赤が勝っていますが、緯糸で調整することで茜の穏やかさを表すことにします

*「コチニール」「インド茜」の染め方、「媒染」「アンモニア処理」の方法は、糸染の工程「天然染料」の項をご参照ください

経糸の糊付

玉糸はとても弱い糸です 糸染をした綛糸は必ず糊付をして、糸巻きなどの工程を滞りなく進めるようにします
糊付は、いっときに乾かした方が仕上がりが良いので、晴れた日中に行います ですから、糊付前は天気予報の確認続きです この日と決めたら、前夜に布海苔を必要分ふやかしておきます 長い時間ふやかすことで布海苔の溶けがよくなります

玉糸の糊付は、前夜の準備を別にしても1日作業です 朝、布海苔としょうふ糊を合わせて80度までゆっくりと煮溶かし、さらし綿布で糊の原液を濾して、糊の溶液に糸染した玉糸が乱れないように念入りに揉んで浸透させます 布海苔は粘り気があるので、強く揉まないと糊付のムラができてしまい、糸が切れる原因になります よく揉んだ綛糸を、2、3時間浸け置きます 糊の溶液は、見た目は綛糸に完全に吸収させたようになります

お昼頃から、綛糸を絞ってはたきの作業に入ります 専用のはたき台はないので、高機の男巻を使用します かなりの衝撃ではたきますから、必ず筬柄やワイヤーヘルドは外します また、室内で行うので、高機の回りにタオルなどを敷いて糊の飛び散りに備えます

ボールなどの容器に入った糊付した綛糸は、すべての糊を吸い上げたような気配ですが、男巻に綛糸を通して短めの棒で綛を強く絞ると、粘り気のある糊が垂れてきます これは余分な糊ですから、できる限り絞って余計な糊を綛糸から除きます 布海苔はさらさらと垂れないので、絞って棒状になった綛糸に、綺麗な雑巾やタオルをあてて直に吸い取ってあげると早く絞れます

余分な糊を絞り終えたら、綛のあみそ糸を広げてはたきを始めます 絹糸の専門店の綛糸は、必ず整ったあみそがあります 糊で湿った綛糸のあみそを分ける作業は最初は手探りですが、次第に半乾きになってくるときれいなX状のあみその割れ目が現れます この作業は、糸巻き工程を容易にします あみそは綛糸の重なりで、X状の上に乗っている糸が手前の糸、奥の方が終わりの糸になります

はたきは綛糸が完全に乾いてしまうとできなくなりますから、半乾き程度までの時間で1綛1綛丁寧に進めていきます 着尺に必要な経糸7綛すべてを、この時に糊付します
手順として、7綛すべてを先に絞り、それから絞った順にはたきにかかった方が効率が良いようです すべての作業が終わると、午後も遅くなってしまうこともたびたびです
はたいた綛糸は、あみそを開いた状態で竿に通して乾かします 綛の下部に染織棒を通して重しにしておくとあみそが崩れません 完全に乾いてから綛をねじって保存しておきますが、丁寧に開いたあみその分け目は乾いた状態でも崩れません

*糊付、綛糸のはたきの方法は、糸染の工程「綛糸の糊付」の項をご参照ください

計画・2

織の計画に入ります
計画・1では糸染のための必要綛数の算出が主でしたが、今度は整経のため、さらには高機にかけるための計画になります
計画・1と重複するところは省略します

    50羽/丸羽
    10.4寸
    長さ
    34尺 ≒ 約13m
    経糸全本数
    1040本
    整経長
    15m
    大管順
    横並びに記しますが、実際には大管立ての上・下を表します
    また、大管立て左側から配置します
    A → 濃色  B → 中色  C → 淡色

    上 ー 下
    A ー A
    A ー A
    A ー B
    A ー A
    A ー B
    A ー B
    B ー B
    B ー B
    B ー C
    C ー C
    使用大管本数
    20本
    整経の種類
    輪整経
    整経回数
    大管20本 × 2 = 40本 → 1往復の整経糸本数
    1040本 ÷ 40本 = 26回 → 26往復の整経
    綜絖順
    綜絖枠手前から、1−2−3−4の順通し
    1 ー 2 ー 3 ー 4
    A ー A ー A ー A
    A ー A ー A ー A
    A ー B ー A ー B
    A ー A ー A ー A
    A ー B ー A ー B
    A ー B ー A ー B
    B ー B ー B ー B
    B ー B ー B ー B
    C ー B ー C ー B
    C ー C ー C ー C
    4 × 10 = 40本 の繰り返し
    糸巻き回数
    1040本 × 15m = 15600m(経糸の総全長)
    15600m ÷ 20本(大管本数) = 780m(1本の大管に巻かれる長さ)
    780m ÷ 1.3m(糸車の1回転のおおよその長さ) = 600回(1本の大管の糸巻き数)
    ただし、糸車の1回転の長さは個人差や使用する糸により誤差があり、あくまで目安です 実際の作業では600回では多すぎ、大管1本につき480回で充分でした

糸巻き〜整経

計画で計算した糸巻き回数を基準に、経糸を大管に巻きます
枠周が均一に広がる綛かけに、糊付して完全に乾いた綛をかけます 枠周に合わせて綛かけの枠を調節しますが、枠と綛糸の間がきついよりも、指1本分くらいの緩さがある方が巻きやすいです 綛を均等に広げたら、あみそを大きく開きます あみそは3ヵ所あり、それぞれにあみそ糸が通っています そのひとつに綛糸の糸口が結わえられています まず、糸口ではないあみそ糸を取り、最後に糸口がついているあみそ糸を切ります あみそ糸を持ったまま、糸口の糸を1、2周回します スムーズに糸が動く方が綛の表で初めの糸口、奥に引っ込んでいる方が終わりの糸口です 初めの糸口を見つけたら、糸口が下から出るように綛かけを設置します 綛の下方から糸を引いて糸巻きをする方が、綛にかかる負担が少なくなります

糸は必ず切れるものです 糊付の際のはたきで切れてしまうこともありますし、綛の中で糸の毛羽が絡んで切れることもあります 糸が切れた時は、あみそに交差している1番上の糸を探して、糸巻きをしている時の綛かけの回転と逆方向にその糸のみを手繰っていきます そうすると、自然と切れた端が出てきます 手繰った糸の上に糸が重なったら、その上の糸を手繰っていきます 綛糸は1本に繋がっていますから、必ず糸は見つかります 切れた糸を機結びをして、糸巻きを再開します 計画の項でも触れましたが、計算では大管1本に糸車の回転数が600回でしたが、数本巻いているうちに600回では糸が足りなくなりそうだったので、結局1本480回前後におさめました

玉糸のように細い糸は、あまり早く糸車を回すと切れやすくなります ゆっくりでも、視線は綛に、片手は糸車の把っ手に、もう片方の手は大管に巻かれる糸を調節する癖をつけると、糸の切れは少なくなります また、糸を調節する手は、巻かれる方向とは逆に少しだけ引っ張り加減に携えてやると、堅くきれいに巻くことができます

20本の大管の糸巻きが終わったら、整経です
所有する整経台は横の長さが約1.5mで、厳密には4尺あります 整経全長は15mですので、横に10回左右に行き来して経糸を整えます こうした長い整経を行う時に注意していることは、途中で中断しないこと、時間がかかっても一気に行うことです どんな作品でも同様ですが、整経の善し悪しで、この後の工程や織る時の支障の多さ少なさが決まります 着尺だから特別なわけではありませんが、15mの長さと1040本の経糸の多さ、糸の細さは、やはり神経を使います

今回の大管の立て方は0.4寸の意匠そのままなので、20本の大管を26往復、15mの進行を、ただ淡々と進めていくだけです 気をつけることは、回数の数え間違い、大管から引き出される糸の弛み、各回数ごとの経糸の張りが違うことのないようにすることです 1本の糸の弛みはある程度直すことができますが、整経の最初の1回目と最後の26回目の張りが違ってしまうことは、後の工程に大きく響きます 前述した途中で中断しないことや一気に行うことは、こうした長い整経特有のミスを防ぐためでもあります


整経をした経糸は、とても美しいものです このまま取っておきたいと思うこともたびたびあります
回数に間違いがないことを確認して、整経の始点からくさりあみをして整経台から外します

粗筬〜千巻〜綜絖通し〜筬通し

50羽の丸羽なので、粗筬は輪になった4本の経糸を1目に入れて1目空けていきます 粗筬の意味は幅の確認と千巻の準備ですが、この段階で経糸の縞の具合がほぼ確認できます 綛で見ていたよりも、糸1本1本の微妙さが際立ってきます

千巻は、廊下を使い切って行います 廊下の端に千巻箱を置き、整経後にくさりあみをした経糸を解き、もう一方の廊下の端に経糸を結ぶ棒を渡し、そこに経糸を結わえます 伸ばせなかった経糸はくさりあみのままにしておきます 千巻箱のロット棒に輪整経の輪を等分に括り付け、千巻箱を1周させてます ロット棒の括り付けが経糸に触れる前に、あぜ返しをします 着尺に関わらず、あぜ返しは早めに行うことにしていますが、着尺の時は必ず千巻の最初にします その方が経糸の絡みがほぐしやすくなるからです

あぜ返し後、手前から千巻箱、2本のあぜ棒、筬の順に並びます ここから千巻が始まります 経糸がロット棒にのる前に、機草を1枚まず挟んでロット棒の凹凸を平らにします
玉糸は糊付で毛羽を防いでいますが、それでもすべての毛羽が固まっているわけではなく、毛羽が糸と糸の接触で絡むことは避けられません 絡みを解かないで千巻を行うと、必ず糸が切れます 細く弱い経糸なので、極力糸を守りながら千巻を行います そのために、2本のあぜ棒を結ぶ紐を解いたまま千巻をします その方が経糸に負担がかかりません ただ、あぜ棒が経糸から外れないように細心の注意を払います


千巻箱を膝で押さえて経糸を張った状態に維持し、まず筬を向こう側に動かし、次に筬側のあぜ棒を1本筬に平行に動かします さらに手前のあぜ棒を動かしてから、千巻箱の筒の部分を両手で押さえながら巻いていきます 経糸が絡みやすいのは手前側のあぜ棒を動かす時ですが、経糸を張った状態を保っていれば、絡みはさほどの影響はありません ただ、一人で千巻をする時、膝で千巻箱を押さえながら筬やあぜ棒を動かす作業は、慣れが必要です 筬とあぜ棒を向こう側に動かし、千巻箱に経糸を巻く長さを両腕が伸びる範囲にし、少しずつ進めていく方が体に負担がかかりません 千巻の方法は数種類ありますが、床巻きの利点は自分の力加減が直接糸に反映することです むろん、整経の時の経糸の弛みも出てきますが、1本1本の経糸の様子を少しずつでも確実に直すことができます

経糸を端まで巻いたら、2本のあぜ棒の紐を結んで千巻箱の上に乗せるように巻き上げて、経糸を結んだ箇所を解き、千巻箱とあぜ棒、筬を持って、後ろに下がります まだ巻いていないくさりあみの経糸もそのまま付いてきますが、くさりあみを解くのは、千巻箱を最初の位置に置いてからです 無造作にくさりあみを解くと、経糸が絡んでしまうことがあります


こうして、同じことを繰り返していきます 経糸に挟む機草は、千巻箱の2周に1枚程度です あまり入れすぎると重くなりますし、できれば薄くて丈夫な紙の方が便利です
千巻が終わったら、筬を外します このまま、高機の上部に備え付けます


綜絖通しは、計画・2で決めた綜絖順の通りに進めます ワイヤーヘルドは、絹用の30番です また、綜絖通しも絹用の細いものを使用します
今回の縞は、0.4寸の幅の中で規則正しく並べたいので、綜絖順は厳守です 整経で大管立ての上下の糸を2本ずつあぜ取りしたので、あぜ棒には2本ずつの交差ができています その2本の糸のどちらを通すかで、縞の見え方が変わります 3種の赤色のうち、AとBの違いがとても微妙なのですが、Bの糸に生糸が撚られているので、光沢感で何とか見分けられます それ以外はとにかくあぜ棒に通った順序のまま、ひたすら通していきます


着尺を織っている高機は50cm幅で、筬柄に筬が完全にはめ込まれるようになっています 60cm幅の竹筬の50羽は入りませんが、ステンレスの60cm幅の筬はぴったりとはまります(クマクラ織機製) ぴったりはまるということは、筬通しをしてから筬を高機の中心に合わせることができないということで、筬通しは筬と織幅を確実に中心に合わせる必要があります 粗筬で10.4寸の織幅を確認したので、筬の中心から5.2寸の目が最初の通し目になります 最初はステンレス筬の反射が気になりましたが、次第に慣れてきました 現在竹筬はないので、慣れないことには織っていられませんが
こうして、高機に経糸がかかりました

緯糸の糸染

例外はありますが、緯糸の糸染は整経終了後か綜絖通しの段階で染めるようにしています 整経、千巻の工程で経糸の様子がわかることと、経糸と同様に染めた後しばらく時間を置いて色を落ち着かせたいからです 一概に時間を置くといっても、経糸程には待てないのですが

当初の意匠では、経糸は茜色にやや赤みがかった色のグラデーションを目指していました 経糸の糸染の項でも記しましたが、結果はコチニールの赤が強く、茜を重ねた甲斐がないように感じました そこで緯糸2種の色を交互に織り込んでいったらどうかと思います 1つはインド茜のみの糸、もうひとつはインド茜にコチニールの淡色を重ねた糸です 経糸ではコチニールにインド茜を重ねましたが、逆にすれば先に染めた茜の色合いが残ると思ったからです

糸種や色糸を1段や2段ごとに織り込んでいく方法は、無地を織る時の織り方です 単色の緯糸で織るよりも色に深みが出て微妙な色合いが得られること、染めムラになりやすい真綿紬糸のムラを目立たなくさせるためでもあります 複数の杼を交互に使うために早く織ることはできませんが、緯無地を織る時には必ず考える方法です 2色の緯糸の織り込み方ですが、これは実際に織ってみないことには決められません ですが、最後まで織り切る量の緯糸は一度に染めておかねばならないので、インド茜+コチニールとインド茜のみの1段交互の予想で緯糸の量を決めます

緯糸は、真綿紬糸1100回を使用します 真綿紬糸を染める時毎回悩みますが、緯糸の量がその作品によってかなり違ってきます むろん、織った着尺の経糸の長さ、経糸の種類や技法が違うので、まったく同じことはあり得ませんが、同じ真綿紬糸1100回使用で、織り上がりが34尺の時は約380g 経緯絣の着尺の時は織り上がりが34.5尺で緯絣と地糸を合わせて310gでした 打ち込みの微妙な違いなどの影響もあるかと思いますが、自分なりの確かな資料がまだ不足していることを実感してます

今回の緯糸は、仮に1段交互でない選択をするかもしれないので、2種の糸とも多めに染めることにします インド茜の緯糸は、6綛で200g インド茜+コチニールの緯糸は8綛260gです 2綛の差はもしかしてこちらの方を多めに使うかもしれないとも考えたからで、単に予備のつもりです
真綿紬糸は水分の浸透が遅く、必要分を前の日から熱めの湯に浸けておきます

1回目の染 8綛 260g
酢酸アルミニウム 5%  インド茜チップ 50%

酢酸アルミニウムは先媒染で、放冷の後アンモニア処理を行います 放冷の最中、インド茜のチップを3番煎じまで煎じます 経糸ではインド茜は粉末を使用しましたが、チップ材を購入していたので試しに使ってみました 却って粉末よりも使いやすく3番煎じまで煮出すことができるので、染料が濃く抽出されるようです これからこちらの方を使用することにします

2回目の染 6綛 200g
酢酸アルミニウム 5%  インド茜チップ 50%

同じく先媒染で、放冷後アンモニア処理を行います インド茜も3番煎じまで煎じます この時の糸染は先媒染に1日、染めに1日かけました 所用のため時間がなかったので1日で済ませられなかったのですが、結果として丁寧に染められました 次回から、ゆっくり染めるように心掛けます

3回目の染 6綛 200g
酢酸アルミニウム 3%  インド茜チップ 1回目の残液

2回目に染めた6綛200gの重ね染です 先媒染の酢酸アルミニウムは新しい薬品を用いますが、インド茜の染浴は8綛260gを染めた糸の残液です 染料により違いますが、茜は染浴がカビていなければ残液を使用できます ただ、1回目よりも色が薄くなるので。それに合わせて媒染の%も下げます 1度目と2度目の間隔は4日間です 媒染の放冷の後、アンモニア処理を行います

4回目の染 8綛 260g
カリ明礬 2%  コチニール 4%


1回目の8綛260gのインド茜に染めた糸の重ね染です 先媒染の後放冷し、コチニールの染浴で染めます アンモニア処理は行いません 経糸よりも茜の色が残ってくれるかと期待しましたが、コチニールの強さはやはり出たようです 動物性染料の強さを実感した染めでした

製織

緯糸が染まった段階で、経糸の準備は千巻で止まっています 緯糸の色を落ち着かせている間に、綜絖通し、筬通しをします 緯糸の糸染から10日後、ようやく織に入ります

まずは試し織です インド茜+コチニールのみの試し、インド茜+コチニール1段とインド茜1段の試し インド茜+コチニール2段とインド茜1段の試しの3通りを数cm織りました インド茜+コチニール2段とインド茜1段のケースが1番茜の印象を引き立たせてくれているように感じ、これに決めます ただ、心配もあります 予定では1段交互の予定でしたから、糸が足りるかどうか…ということです インド茜のみを2綛余分に染めましたが、双方多めに染めたので、足りると信じて織り始めます

真綿紬の扱い方は、他の糸よりも神経を使います 真綿紬糸の毛羽が重なった糸同士で絡み合って、小管が動かなくなるからです 真綿紬糸を小管に巻く時は、一個分は物足りない程細く、その分小管の数を多く巻きます ただ、細く巻いたからといって毛羽が絡まらないわけではないので、小管が動かずに引っ張られてしまうことは真綿紬糸を緯糸に織る時の最低限の仕方のない注意点だと思っています

毛羽をふせるために緯糸の真綿紬糸を糊付をする方法もありますが、自身はそれはしていません 毛羽こそが真綿紬の特徴ですし、そこまでして毛羽を防がなくても織ることはできます

真綿紬の綛を1度大管に巻いてそれから小管に巻くと、意外な程毛羽が防げます これは教室で紬の着尺を織った方のために行った方法ですが、存外すんなりと織れるので、今回試してみました 確かに小管の回転も良く織りやすいのですが、1回大管に巻き、2回目に小管に巻くことで、毛羽が目立たなくなっているのではないかと感じ、それはやめることにします 綛から直接小管に巻いた糸で試し織をしましたが、毎回のように毛羽が絡むことはなく、大管に巻かないでも充分できると判断します 同じ真綿紬糸で、小管に絡みやすい綛とそうでない綛とあることを知りましたが、これはおそらく糸染のやり方が関係しているのではないかと思います 今回の真綿紬1100回は、2種とも重ね染めをしています 媒染と染めを繰り返しますから、2回重ね染めをして計4回糸を煮沸しています それだけ糸をいじめているわけですが、そのために毛羽が固まっていて小管に絡みにくくなって、結果織りやすくなっているのではないかと思います


もうひとつ気をつけていることは、小管に巻く時の糸を支える指の動きです 長年大管でも小管でも巻かれる糸を整列させる癖ができていましたが、真綿紬糸はそうすると毛羽が絡みやすくなります 小刻みに糸を右左に動かして、小管の上の交差を多くします

真綿紬糸もあみそ糸はありますが、枠周の広げられる綛かけよりも開閉自在の綛くり器の方が使いやすいです 真綿紬糸は丈夫な糸で、あみそを開かなくても充分巻くことができます ただ、凹凸がある糸なので、極細の部分はスッと抜けるように切れやすくなります その時は、綛の端を手繰っていくと存外糸口が見つかります


自身は糸車を2機所有しています 通常の糸巻きは車の大きいものの方が使い良いのですが、真綿紬糸を巻く時小ぶりの方が使い勝手が良いので重宝してます こちらの糸車で巻いた方が小管に巻かれる力が弱くなり、毛羽の絡み付きがあまりできません


着尺を織る時の必需品に、伸子があります 織り初めのうちから織幅をしっかり支えていないと緯の織縮みが大きくなってしまいます また、長くても10cmほど織り進めたら、伸子を織前に付け替えます 付け替えを怠ると、伸子の針で織耳を裂いてしまうことがあります


2色の緯糸を織り込みますから、杼は2つ使用します インド茜+コチニールが2段、インド茜のみが1段で織り進みますが、2つの糸が織端で交差する時があります その時、端の経糸が宙ぶらりんに飛ばないように、意識して絡ませます 真綿紬糸を絡ませると織耳が汚くなりがちです 着物に仕立てた時織耳は縫い代になりますが、布としてすっきりときれいな方が好きなのでなるべく揃えます ただ、織耳を揃えることに気が行き過ぎると緯糸を引っ張りがちになるので、適度に気をつけます

着尺に限らず、織物は打ち込みで織布の有り様が決まります
マフラーにはマフラーなりの、服地には服地なりの、あるいは素材によっても打ち込みは変わってきます その中で、着尺のそれはとにかく同じ打ち込み、同じ角度で打ち込むが一番大切で、もっとも難しいです 打ち込みが弱いと頼りない布になり、着物として役に立たないものになってしまいます 同じ角度とは織前と筬の距離のことで、筬に迫るくらいずんずんと織っていくと自然筬と織前の間が狭くなり、打ち込む角度も広角あるいは垂直になります 打ち込みの角度は緯糸の収まり方に影響し、布の弱さや織りムラの原因になります  筬と織前の角度は一定の鋭角を保って織ります

簡単にいいますが、着尺はおおよそ13m、34尺の長さです この長さを同じ打ち込みで何日も時には何ヶ月も織っていくことは、心構えが必要だと思います 恥ずかしいことですが、自身は「無心に織る」という心境はまだできません 機に腰掛けていて心に日常のことなどが浮かんで、目は織面を見ていても心が別の方に動いてしまっている時に、打ち込みが弱くなり、それが織りムラになってしまいます

また、まなじりをしっかり開いているはずなのに、経糸を飛ばしてしまうこともあります 経糸を飛ばすとは、緯糸が経糸に平織通りに入らずに経糸の上を飛び越えたりくぐったりすることです 何度も記しますが、経糸に用いている玉糸は毛羽が特徴の糸です 自身は敢えてそれを残して織るようにしています その毛羽が大きすぎたり、撚られた糸がほどけてしまって周辺の経糸の絡んだりして開口が正常でないことがしょっちゅうあります 大抵は気づくのですが、数cm織ってから糸飛ばしを見つけてぞっとすることがあります 細い糸だからわからないだろうと思いがちですが、逆に細いから目立つものです こうしたミスにどう対処するか ため息をつきながら考えます

正直に言えば、諦めることもあります 5〜6cmも織り進んでから見つけた糸飛ばしは、もう直せません 玉糸は弱い糸なので、織り進んだ緯糸を解くとその箇所の経糸を傷めてしまうからです また、1、2cmの織り進みでも、伸子を付け替えた時は諦めます 伸子は幅を調整するものですが、織耳に穴を空けて刺すので、布自体を傷めています それは糸を切っていることと同じです 切れた経糸に織られた緯糸を解くことは、愚に値します せいぜい、2、3段くらいなら緯糸を戻して飛ばしを直しますが、それよりも1段1段、一瞬一瞬をしっかりと見つめることがミスを防ぐ最大の手段だと思います

織りムラの原因に、経糸の張りの不均一もあります 着尺を織る時は必ず締め皮を用いますが、ほんの少しの張りの違いで緯糸の入り方が変わることがあります これは、打ち込む音でわかります 経糸の張り方が適切な時は、いわゆる機音らしい良い響きがします 現在着尺を織っている高機の筬柄は、吊り棒から左右2本のイタリアンコードで筬を押さえる筬柄を吊っており、筬柄に招木(まねき)と言われる人間の腕の関節に似た棒が付いていて、機の後部に据え付けられています 招木は打ち込んだ筬を綜絖側に引き戻してくれます


筬柄自体はとても軽く、自分の打ち込みが織布の強さを作っていると言えます 筬柄の中央を掌でしっかりつかみ、織面に平行に打ち込むと、体に響くようないい音がでます 経糸の張りが緩いと筬柄の打ち込みが正しくても鈍い音になり、打ち込みが平行でないと織布が歪んでしまいます クマクラ織機のように筬柄自体に重みがある高機を使い慣れていると最初は戸惑いますが、どんな機であれ基本は同じだと、最近ようやく体で理解してきたところです

しまった…ということ

ひたすら織り続ける毎日でしたが、2ヶ月経った頃不安が大きくなってきました
足りると信じたインド茜+コチニールの緯糸が、どうも足りなさそうに思えてきたのです この時期、男巻に巻かれた織布はかなり太り、逆に千巻の経糸は千巻箱の四角い形がはっきりとわかるくらいになっています あと少し、なのです が、このあと少しがクセモノで、千巻箱の経糸の機草の紙は丹念に見てもまだ2枚はありそうで、かたやインド茜+コチニールの緯糸は1綛しかありません 緯糸が無地なので紙テープの類いの目盛りはつけずに織っていたので正確な長さはわかりませんが、どう考えてもあと3尺は織る必要がありそうです いや、足りるのではないか? いや足りなかろう、と逡巡しました

足りないなら、早めに染めないといけない 今まで織っていた緯糸は染めてからもう3ヶ月は経っている 染めてからすぐに織るわけにはいかない
しばらく時間を置いて色を落ち着かせて…などと考え続けましたが、時間のことよりも、同じ色が出せるのか?という不安の方が大です
インド茜だけならまだ気が楽なのですが、インド茜にコチニールを重ねるという同色を出しにくいことをしていたので、はた、と考え込んでしまいました インド茜のみの緯糸は逆に2綛余っています 全体量としては合っているのです が、緯糸の入れ方を最初の思惑と変えたために、あともう少しで織り上げという段階で、この始末になっていまいました

もうひとつの選択は、この1綛を使い切り。そこで終わりにする 男巻に巻かれた織った長さを正確に計る必要はありますが、着物に仕立てるために必要な長さがあれば、目的は達しています 背中心で柄を合わせる柄ゆきではないので、単純に12mあれば着物はできます インド茜+コチニールの2段とインド茜の1段で12mはいけそうなのですが、おそらく無駄に経糸を捨てることになります

何よりもこれらのことは推測でしかなく、帯に短したすきに長しの例えではないですが、そうなりかねないこともあります
結局、いったん製織を中断し、緯糸を染めることにします
染める糸は、2綛です 本番で染めた時間をなぞり、その通りに染めることにします 本番では、1日目に真綿紬糸110回8綛260gを酢酸アルミニウムで先媒染ののち放冷し、その日のうちに3番煎じまで煮出したインド茜で染めました さらに11日後にカリ明礬2%の先媒染をし、一晩放冷して翌日にコチニール4%を染めて重ねました そして、その緯糸で織り始めたのは約1ヶ月後でした 不足分もそれと同じ日程で染めることにします
この時間の厳守は、同じ色を出すためには必要なことだと思います 天然染料の色は、時の中で移ってゆくものだと実感するからです

色を待つ時間の合間は次回の着尺の経糸を染めたり、意匠を考えることに使いたいと思います 大抵は、織っている作品の2つ先ほどの糸染はできているようにしています その時間が色を待つ時に繋がります

言葉では簡単ですが、同じ色を染めるということの難しさを痛感します 染めた直後の色は本番で染めた色よりもコチニールの色合いが強く、まったく別の色になりました 染める時間だけでなく、綛の量も本番と違うので、どうしても同じにはならないのだと思います
やり直そうかとも思いましたが、やはり時を待つことにしました
製織再開は、実際には1ヶ月も待たず2週間程で始めました 2週間の時の中で、不足分の緯糸は違いを感じさせないくらいに落ち着き、ほとんど同じ色になってくれていました

織り上げて

あと少しで終わるところで緯糸の不足という失態でしたが、製織を再開してから3日後で織り上がりました 中断から再開して織った長さはゆうに3尺は織ったことになり、染めて正解という結果になりました 経糸は千巻ロット棒が綜絖枠に迫るまで織り詰め、もう充分だろうというくらい織り続けました

残った経糸は8寸ほどで、ここまで織り詰めたのは初めてかもしれません 織り上がりの長さは13.5m 約35尺です これだけあれば充分に着物にすることができます
残った経糸から織布を切り離す時、ため息とも感慨とも、また諦めともつかない思いが過ります 織り上げたという自身の感慨、ああすればよかった、こうすればもっとよかったという後悔のため息、どこかに織り傷があってももう直せないという諦めです
着尺は、織っている時に見ている面が裏になります ですから、織り上がり後にしっかり見るべきは今まで見ていなかった裏側になります

長さを測った後、糸の始末にかかります 経糸が切れた時の始末は織っている時に済ませていますが、点検すると存外忘れている所があります また、伸子の針に引っ掛けて弛んだ緯糸もきれいに切ります 織り傷の確認もこの時に行います
玉糸や真綿紬は素朴な風合いが特徴ですが、反面織り傷を作りやすい糸でもあります 玉糸のふくらみが経糸の筋になっていたり、毛羽がダマになって織面に飛び出していたりします こうしたものを織り傷と言って良いのか、正直なところ答えは微妙です 自分自身では糸の特徴ならば、傷ではないと決めています
奇妙な光沢がポツンと浮き出ていると、これは経糸を飛ばした痕で織り上がった後ではもう直せません 直そうとしていじると余計汚くなるので、これはもう諦めるしかありません
意匠云々糸染あれこれ以前に、このような1番単純なミスを完全になくすことが自身の一番の課題であることを猛省します

一通り織布を確かめてから、早速湯のし屋さんに湯通しと湯のしをお願いしに出掛けます 歩いて10分ほどのところにある湯のし屋さんで、学生時代からここで湯のしをお願いしてきました
織の着尺の湯のしは、経糸の糊を除いて柔らかな布に仕上げてくれます 糊が取れた織布は、色も打ち込み具合も織り上がりの時の感想とだいぶ違ってきます 湯のしをしないと本当の織布の姿が見えません 織り上がりの硬さや浮き出るような色が落ち着いてきて、特に打ち込みの具合不具合は糊が取れたことではっきりとわかります ここになってようやく自分の打ち込みの善し悪しが確かめられます 湯のしの出来上がりを待つことは、楽しくもあり、怖い時間です
湯のし屋さんから連絡があり、戴きに上がり、帰宅


着尺を広げ、触れてみます そこで初めて、この紬の着尺が着物になることができるかどうかを想像し、判断することができます

最後に

着尺は糸染から織り上がるまで、最低でも半年はかかります 今回は8ヶ月かかりました
早く手際よく効率よくできる仕事もありますが、染織はまったく正反対の立場の世界です 焦らずゆっくりと丁寧に、そして、端から見たら無駄に思えるくらい時を待ちます

紬の着尺を再開して、思い直したことがあります
流れる時間は、一人一人違うということ
楽しむという気持ちは、苛立ちを乗り越えた後に生まれること
糸染の時を待つことは、糸への愛着に変わりました 糸は嘘をつかず、ずっと待っていてくれます 大切にすれば、糸はかならず応えてくれます

緯糸を挿した杼を左右に動かし、筬柄を規則正しく打ち込む時、男巻から腹に伝わって全身に心地良い振動を感じます
これまで染織を続けてこれて良かったということ 自身の持てる感覚を表す術を持っていて、人間として幸せだと思います
ここに記した技術は、自身一人では習得できなかったことが多々あります 自分のやり方を見いだしたいと願いつつ、やはり先人たちの方法をひも解き、頼りにすることがほとんどです
その先人たちの技法のほとんどは、着物=着尺という日本の民族衣装で書かれ、描かれています
着物の形は、時代で変化します でも、そこに宿る基本の一筋は、日本人にしか理解できないものです

染織をかじったばかりの学生時代の着尺は、すべて母が着物に仕立ててくれました
「紬は普段着なんだよ。」
昔気質の着物感覚の母は、最後までそう言っていました
紬は、普段着 だから、好きです

参考文献
日本の伝統織物 改訂増補     社団法人 全日本きもの振興会     冬芽社
                 社団法人 日本絹人繊織物工業会

やさしい和裁           清水とき 著             日本ヴォーグ社

天然染料による糸染と織の技法   清水明子 著             講談社


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