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織の計画

学生時代の教え

初めて織の計画をたてた学生時代の話です。
高機を用いて織布を織る課題を与えられた時、何を織るかを考えることから始まりました。
わたしは、「絣(かすり)を織りたい、」と申し出ました。
担当の織の先生から一通りの講義を受け、クラスメイトらと作業に入りました。

クラスメイトが何を作ったかは憶えていませんが、皆、初経験のおぼつかない手つきで、楽しく作業をしました。 そして、器用な人はさっさと進んでいきます。
わたしは、多分先生の話を正しく聞いていなかったのだと思います。
糸の計算も、整経も、絣の括り方も、染めも、上々だったのに、綜絖通しの時に間違いをしました。 ワイヤーヘルドに糸を1本ずつ通すところを2本通して、そのまま筬通しも2本通して織り始めたのです。隣の人らと比べて、妙に経糸が太いなぁ、とは思いました 。
すぐに、そのことを先生に指摘されました。(えっ、まずい、)と焦ったと記憶しています。
特段叱りもせず、先生は笑いながら言いました。
「これは、斜子(ななこ)という織り方よ。緯糸を2本どりにしてごらんなさい。」
言われるがまま、緯糸を2本どりにして織っていくと、地厚でしっかりした織物ができました。


その時の織布は、今でも大事にしています。
経験からくる余裕で前向きに受け取ってくださった先生の言葉は、わたしにとって最初の一歩だからこそ忘れられないものになりました。 誤解を恐れずに言えば、織物に間違いや失敗はない、と思います 。ここでいう失敗とは、自分の思うように作業が運ばなかったことをいいます。また間違いとは工程上のミスのことですが、大抵のことは直せます 。
頭で考えていた計画と、実際の作業が食い違っていくことは、織物ではよくあることです。
間違いを間違いだと言わずに、糸が導いてくれた結果で、様々な方法を試していくことが大切、とフォローしてくださった先生に感謝しています。

なにをつくるかを決める


ここで記すことは、わたしの制作手順です。
何をつくるか 。
どういう方法で織るか 。
わたしは、織布の目的を最初に決めることが多いです。 マフラー、ショール、帯、ブックカバーという物の形です。
それから、季節を考えます 。春のマフラーは絹を中心に、秋冬ならウールを前面に、というように 。
暮らす土地の季節感の相違で一概に言えませんが、季節と素材感は切り離せないものがあると感じます。季節感が希薄になったといわれますが、やはり四季の感覚は大切にしたいと思っています。
さらに、街の人々がどのような色が好むのか、どんなマフラーやショールが流行っているのか、と考えます 。実際には、流行り廃りはほとんど重きを置いていませんが、むやみに我流に走るよりは世間の移ろいを見ることも必要かと思います。
一番大切にしていることは、自分にとって何が最良のものであるか、です。
大切な糸を形にするために、これだけは守りたいと思っています。


糸を選ぶ

つくりたいもののイメージが整ってきたら、糸を選びます。
「糸」と一文字で言い切れないほど、数多くの糸があります。見境なく求めていたら、糸の山に埋もれてしまいます。
糸選びで心に留めていることは、イメージにできるだけ添う糸、自分の可能な範囲で手に入れられること、自分で扱うことができる糸、このように決めています。
絹、羊毛、綿、麻、それぞれ特色があります。太さ、細さ、堅さ、甘撚り、片撚り、混紡、…糸の形状は多彩です。
同じような糸でも問屋さんにより糸の名前が違うこともあります。多くの糸屋さんでは糸見本を用意、販売しています。また、相談に応じてくださるところもあります。糸選びはとても悩む時間ですが、貴重な糸と向き合う手間はかけるべきだと思います。
織ることに慣れてくると、糸から織り上がりのイメージを想像できるようになります。そうすると、扱ったことのないも使ってみたくなります。ゆっくりと時間をかけて糸との出会いを待った方が良いように感じます。
糸は、織物にとってすべてと言っていいくらいの大切なものです。
糸作りからなさっている方もいらっしゃいますが、わたし自身は購入した生成糸を中心に制作をしています。糸屋さんによっては、生成りのみ扱い、または色糸も扱うところと様々です。
色糸を購入する利点は、すぐに織の作業に進めることです。糸だけではなく糸の種類も多く、それで充分織を楽しむことができます。主に細い糸の場合、色糸は数は多くありません。そうした時、生成りの糸を購入し、糸染が必要になります。もちろん、生成りの糸をそのまま使用しても差し支えありません。


わたし自身の織物制作で決めていることの一つに、自分で糸染をする、ということがあります。
糸染は、自分の色を持つことです 。
天然染料の染は、根強い人気があります。天然色には不思議な味わいを感じます。
天然染料に対して、人間が造った染料に合成染料があります。 合成染料は一般に化学染料と呼ばれ、「化学」という言葉と実際に有害性の強い染料もあることから、使用を躊躇う方もいらっしゃします。

わたしは、有害性の少ない薬品を使用する合成染料のみ使用しています。染め方が簡単なこと、色数が豊富なこと、混色ができること、あるいは、染料の種類によりますが、染めた後の水洗いの水量が少なくてすむという利点があります。一番の楽しみは、様々な色が楽しめることです。
天然染料でも合成染料でも、洗濯をした際の色落ち、日光に当たった時の色あせはあります。どちらが優れているかというよりも、染める人にとってどちらが向いているかという選択かと思います。はっきりと色のイメージがあれば、合成染料の方が向いていると思いますし、出た色を楽しみたいのであれば天然染料で良いのではないでしょうか。
両方の良いところを活かしていけたらいい、そう思っています。

制作を記録する

わたしは、3種類のバインダーノートに織物制作の細々としたことを記録しています。
1.マフラー、ショール用。2.和物(着尺、帯の類い)。3.その他の織物、コースター、タピストリー、服地など。そのうちバインダーの册数が多いのは、マフラー、ショールの記録ノートです。
その他にも、天然染料と合成染料の色見本も別々に作って、たびたびめくっては参考にしています。
このように、作品はすべて、例えば試し織の類いの織物でも、必ず記録はつけるようにしています。 記録をつけることで、使用した糸、経糸の長さ、何枚仕上げたかなど、ページをめくればわかります。
書き方に決まりはありません。基本、自分が理解できたらいいと思っています。ただ、記憶はあやふやになります。書いたつもりでも時間の経過でわからなくなることもありますから、それ相応に順序立てて、統一した書き方がいいと思います。 マフラーの制作記録です。


大管順

*タイトル)絹経吉野マフラー

*制作日にち 2010.3.26(金)〜3.30(火)
日にちを記すのは、かかった日数で制作期間を逆算することがあるからです。

*筬)15羽/丸羽
使用する筬です。これを基に次回は細かくするか、粗くするか変更することがあります。

*幅)7.6寸
織幅のことです。筬が鯨尺なので、幅のみ寸尺単位を使っています。

*長さ)170cm(織縮み込み) + 20cm × 3枚
マフラーの長さ(織縮み込み) + 房の長さ × 3枚分
織縮みとは織っている時、仕上げの時などに生じる織布の自然な縮みのことです。織物は、経緯(たてよこ)とも必ず織縮みが生じます。1割〜2割上乗せして計算します。織縮み率は糸や織るものにより違います。

*整経長)170cm + 20cm = 190cm × 3枚 = 570cm + 40cm = 610cm
マフラーの長さ + 房の長さ = 1枚分の長さ × 枚数= これまでの長さ + 捨て分 = 整経の長さ
捨て分は経糸の最初と最後の織れない部分で、その分を必ず足します。

*全本数)15羽 × 2 × 7.6寸 = 228本
必要全本数です。
使用する筬 × 丸羽(1目に2本入れること)× 織幅 = 全本数。
15羽とは、1寸(約3.8cm)に15目あるということです。 1目に2本入れるので、2倍します。それに7.6をかけて、全体の本数を計算します。

*経糸総全長)228本 × 6.1m = 1390.8m
経糸全体の長さです。全本数 × 整経長(m) = 経糸の長さ
ここで計算される経糸の長さは。色、糸種に関わりない全体の長さです。この後に割り出す糸巻き回数に必要になります。
また、手元にある糸で足りるか、糸染にどのくらい糸がいるかなどのためにも計算します。

*糸巻き回数)1390.8m ÷ 12本 = 115.9m
       115.9m ÷ 1.27m = 91.259…
大管に糸巻きをする時に必要な回転数の計算です。回転計の付いている綛かけに適応できます。
経糸総全長 ÷ 大管の本数 = 1本の大管に必要な長さ
1本の大管に必要な長さ ÷ 綛の枠周 = 1本の大管に必要な回転数
綛の枠周は、綛糸の1周の長さです。明記されている綛糸もありますが、不明の場合はメジャーで測ります。
回転計がない場合や、綛糸でないコーン巻やチーズ巻の糸は、糸車の1回転をおおよそ測り、枠周の欄に当てはめて計算します。その際は、自分で回転数を数えます。
なお、計算で割り出された数字では不足することが多々あるので、必ず+αとして10カウント追加します。

*大管順)
整経の際の、大管立ての大管の並べ方です。
大管の色や糸種を記号化して、配列と整経の繰り返し方を書いています。大管順の図の脇に、実際の糸を小さく蝶のように丸めて貼っておきます。そうすると、時が経過しても何を織ったのか思い出します。


必要な時は組織図も貼付します。組織図については、「染織基礎知識」の「組織」の項をご参照ください。


ここでは、「経吉野(たてよしの)」という織り方を計画しています。
経吉野織は、経糸の通し方と踏木の踏み方で経糸の模様に変化が出る織り方で、色の表れ方で模様の雰囲気が変わるために経糸の配列が大切になります。
その他、一番単純な組織の平織をする時でも、色の配列を忘れないために必ず大管の順番は記録しています。

*整経回数)228 ÷ 24 = 9.5  9回 ー Aが1回
整経の回数の計算です。経糸全本数 ÷ (大管本数×2) = 整経回数
「輪整経(わせいけい)」という整経を行います。 輪整経は、大管立てに立てた大管の糸を整経台の鉄棒の始点と折り返し点の間を往復する整経です。そのため、1往復で整経できる経糸は大管本数 × 2になります。
 228 ÷ 24 = 9.5 と割り切れない数がでました。
大管順の図のAーBを9回繰り返して、ここまでの回数で 24 × 9 = 216本 整経できます。
228 - 216 = 12本 全本数より足りないので、最後にAの大管6本で12本の経糸を整経をします。このAを足して、全本数を揃えます 。
端と書かれている記号は織物の両端のことで、緯糸がほつれたり緩んだりないように入れる経糸です。左右の端にこの糸を加えて、この織物の整経が完了する計算になります。

以下は、織り上がった後の記録です。
*168 × 28 → 163 × 28  (単位cm)
仕上げ前のマフラーの縦×横 → 仕上げ後のマフラーの縦×横
仕上げ後の記録の後に使用した緯糸を貼付します。このサイズには房は入れていません。
170cmに織り上がり、機から外して2cm縮み、仕上げの後5cm縮んでいます。
その右には、どのような踏木の使い方をしたかを記録します。 同じ経糸の通し方でも、踏み方で模様が変わるからです。
この制作ノートの他に、必ず作品の写真を撮り、いつでも照らし合わせられるようにしています。
また、織り上がり、機から切り離す前に、見本として小さな布を残すようにもしています。
こうすることで、また同じものを織ることも、少し形を変えたものを考える材料もできます。

*仕上げ)水通し 1Hくらい
仕上げの方法です。
絹のマフラーは水通しで済ませます。ウールマフラーは「縮絨(しゅくじゅう)」が必要になりますが、絹は高温と摩擦に弱いためにできません。流し台に水を張って、その中で1時間程度浸けます。
仕上げは、最後の大切な作業です。織布の善し悪しに大きく関わります。

記録は、ここで終わります。
ここには書かれていませんが、その他思いついた事柄や、考え違いをしていたことなど、後になれば忘れてしまうようなことも書きます。
これは、誰のためでもない、自分にしかわからない言葉の羅列、備忘録です、

そして、作業に入ります。


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