随分以前のことですが、注文を受けて風呂敷を織ったことがあります
尺八の吹奏を趣味にしている方からご自分の尺八を包む布を織って欲しいとの申し出を受け、四苦八苦して制作しました
かなり大きな布を希望されて、130cm〜140cm四方、色はビール瓶のような濃い茶色、そして、綿布ということでした 日本古来の吹奏楽器をくるむ布は綿布が最適なのだそうです
自前の機は60cm幅だったので、その当時お世話になっていた織物教室で85cm幅の機をお借りすることにし、織幅80cm、織縮みを含めた長さ4.5mの経糸で、織った布を2枚に裁って縫い合わせて作ることにしました 綿糸は経糸には30/2と16/1の双糸単糸を取り混ぜて、緯糸は16/1のみを使用 糸染めは自宅にて経糸緯糸ともにタマネギの皮の銅媒染を主にして、取り置きの綿糸16/1の濃紺の藍糸を細い経縞にして、単純だけど素材感を重視して織りました
ビール瓶のような濃い茶色、という注文に困った記憶があります 今なら銅媒染ではなく鉄媒染を選びますが、その当時まだ天然染料の幅広い活用法を理解していなかったので、銅媒染一辺倒で2度程染め重ねただけで諦めてしまいました ビール瓶のような濃い茶色、…よりはかなり薄い色です
それでも滅多にない注文、おまけに大切な尺八をくるむ風呂敷ということで、懸命に織りました 自分でも気に入っていましたし、機をお借りした織物教室の反応もまずまずだったので、これでいいだろうとふんぎりをつけました
出来上がった風呂敷を直接注文主にお渡ししなかったためもありますが、出来上がりの反応が皆無でした 良いとも駄目だとも何の感想もなかったことは、少なからず落胆しました 気に入らなかったのか、あるいは自分の思い過ごしか、そんなことを考え続け、そのうちそのことも心の片隅に寄せ去り、歳月だけが流れていきました
同じ方に再び綿の風呂敷を依頼された時、あの時の風呂敷のことが脳裏を過り迷いました 注文を受けるということは、覚悟と代償が大きいことを流れた歳月の中で学んでいましたから
その方も、同じ時間の中でいろいろな日本の吹奏楽器を学んでこられたらしく、今度は横笛をくるむ綿布をご希望です すでに趣味の域を超え、仕事として取り組んでおられ、さらに綿の風呂敷のコレクターでもあり、最近のコレクションを見せて頂きました 本藍の地に四隅に赤や黄色など華やかな色の華の染め抜きが施された、とても美しい風呂敷でした
その風呂敷の四方の寸法は1mちょっと
「三尺は欲しい」
注文主は仰ります
どんな布がいいですか? こちらも尋ねます
「明るくて、派手な布がいい」
それじゃ、黄色で染めてみましょうか、調子に乗って。また言います
「黄色、持っていないから、いいねぇ」
…本気なんだ、と観念して、
ご注文、承りました と答えたのが、この風呂敷制作の始まりです
織物制作の中で、注文を頂いたことは幾度かあります 大抵は自身の展示会に出品した作品の大きさを変えたり、代表作としてDMに載せて他の方のもとにいったショールをご希望に添ってもう一度織ったりすることがほとんどです こうした注文は自作がもとになっているので、お客様との意思の疎通もしやすい制作です ただ、同じものを織って欲しいとご希望の時、付け加えさせていただく言葉があります
まったく同じものを織ることはできませんが、よろしいですか?
これは、あるいは言わなくてもいいことかもしれません ですが、同じつもりで糸を染めても同じにならない、同じように仕上げをしても織縮みが多少違ってしまう、このようなこともあって、どうしてもコピーという意味での同じものはできないので、一言お尋ねして了解を得ることにしています
ご自分のイメージをはっきり持って注文をなさる方もいらっしゃいます 言葉を尽くしてイメージを話されても、こちら側との脳内画像の違いが起きることがあります 特に色のイメージは個々にあまりに違い過ぎて、慣れるまでは戸惑いました イメージを受け取りきれずに失敗したことも多々あります 視覚は一人一人違います 同じ赤を見ていても、同じ色に見えているはずがないのです そのことに気づいてから、色を決めるときは色見本を基準にすることにしています
今回の注文は、お任せ注文に近いものです 先方から示された言葉は、「綿布」「黄色」「三尺四方」
そのうち、「三尺四方」は最初に測った「1mちょっと」のサイズから想像すると、曲尺の三尺のことだと判断します
「黄色」と言ったのはこちらの方で、その理由は単純に天然染料で一番発色のいい色が黄色だからです
そして「綿布」 これは前回の風呂敷と同じです 織物を始めたばかりの頃、綿の着尺をよく織りました しっかりと打ち込んで織ることが大切ですが、ある意味着尺を織るような楽しさもあります
この三つの言葉から注文主の納得のいく織布を織るために、ペーパーデザインを描くことにします 実寸大の紙に色鉛筆でデザインを描き、それをもとに意思の疎通を図り、ここはこうして欲しいという要望が出しやすいようにしたいと思います ただ、ペーパーデザインを見せることで、この絵の通りに出来上がると思われることもあります そのため文章で制作の主旨をしたため、これは色鉛筆の色で天然染料の色ではないこと、織物は経糸と緯糸の組み合わせで初めて色ができることなどを書き綴りました 読まされる方は面倒くさいでしょうが、イメージの移行のためにはせねばならないことだと思います それが、数年前に同じ注文主から学んだ教訓です
注文の怖さを、自分自身の好奇心と興味に変えていくためには、示された条件を良い意味で面白がることも必要です このペーパーデザインと手紙を読んだ注文主から、ほどなく連絡がありました
「いいと思うよ」
まずは、一安心です
尺八や横笛は、竹でできている この単純な発想で、今回の風呂敷の意匠を決めました
竹を意匠にした染織は多く、真っ直ぐに伸びる竹が着尺の模様に描かれることも度々です この風呂敷の意匠も、真っ直ぐに伸びる青竹を表します
青竹の緑はどんな色なのだろう、そう考えて散歩がてら自宅付近の道々を歩き、竹のあるお宅を探します 管理が大変らしく竹を持っているお宅は少ないのですが、一軒コンクリート塀に囲まれた大きなお宅の庭の、その塀の上から見える太さの様々な竹が見事でした 若竹の瑞々しい青さではなく、もっと深みのある緑です 竹だけではなく他の木々も繁っていたので、陽があたらずになおさらそう見えます その時、当たり前のことに気づきました 生きている竹は、青い 竹垣や竹の柵になった青竹は、切られて割られてさほどの時を経ずに薄茶色に変わっていく そして、同じような緑でも、若い竹ほど照り返るような艶があり、歳月を経た竹は樹木の葉よりも深い緑になる 今まで気にもしないことでした 竹は真っ直ぐ伸びるという印象がありますが、そんなことはないと植木屋さんから聞いたことがあります 竹も植物、陽の向きによってはたわむように曲がることがあるそうです
それはともかく、真っ直ぐの竹が織物の意匠に表れるのは、経糸と緯糸という絶対の制約の中で表現する織物に向いているからでしょう そして、今回の風呂敷もそれに倣おうかと思います
緑の竹は、陽の光で影の濃淡がつきます 同じ方向から日が射すことを表すために、竹に模した縞にさらに細い濃淡の縞を入れ、5本の縞の濃淡の向きを同じにします 竹には節があります 変化をつけるために、等間隔の節を1本交互に位置をずらします 竹と竹の間には竹の葉が9枚ずつ傾斜して並びます 地の色は黄色、これは陽の色を表します
織の技法は、竹の節を経絣で表し、竹の節のずらしは絣のずらし技法を用います 竹の葉は、緯絣のずらしで尖った葉の姿を表します 織り方は平織です
このペーパーデザインは実寸大で、幅は10.5寸 着尺とほぼ同じ幅です 10.5寸は、cmに換算すると約40cm 曲尺の三尺は約90.9cmですから、この織幅の織布を3枚縫い合わせることにします
以前80cm幅で織った時は2枚の織布を縫い合わせましたが、今回は3枚です それは80cm幅で綿の着尺と同じ糸を扱うことに、とても気疲れしたからです 経糸はちゃんと開口しているか、緯糸が経糸に引っかかっていないか、あるいは経糸の切れたことに寸時に気づくことができるか 80cmの幅でこれらを気遣うことに骨が折れた記憶があります こうしたことも慣れなのでしょうが、1尺前後の幅に慣れてしまうと、広幅が織りづらくなってしまうようです 自身には、自前の60cm幅の機がせいぜい扱える広さの目安です
もうひとつ前回のことでの反省があります 風呂敷は、布の真ん中に物を置いて包む布です 尺八や横笛は重たい物ではないと思いますが、布の中心に重心がかかることには違いありません 2枚縫い合わせだと、その真ん中に縫い目がきます 縫い方にもよりますが、縫い目は裂けやすい危うさがあります 特に手織機の布は機械機の布よりは縫い目が刺しにくいきらいがあるようです もっとも、これは縫製にの仕方の拙さに原因があるかもしれません そのために、弱くなりがちな風呂敷の真ん中は縫い目ではなく織布そのものをもってこようと考えました それに、ほぼ着尺と同じ幅の織布は、シングル幅(71cm)の布よりも縫い合わせた時の柄合わせがすんなり落ち着くように感じます これは着物好き故の身びいきかもしれませんが
意匠の了解を得たところで、計画に入ります
使用する糸は、すべて綿糸です 経糸の地は30/2(読み方は30の2、または30の双糸)と16/1(同16の1、または16の単糸)を併用します このように同じ綿糸でも双糸と単糸を合わせると織布に素朴さが出るので、以前からよく用います
筬
35羽/丸羽
幅
10寸 + 0.5寸(織縮み分) = 10.5寸
整経長
120cm × 3枚 = 360cm
360cm × 20%(織縮み分 )= 72cm
360cm + 72cm = 432cm
432cm + 50cm(経糸切り捨て分) = 482cm … 約5m
試し織分として、1m加算
5m + 1m = 6m
全本数
35羽 × 2(丸羽) × 10.5寸 = 735本
糸全長
735本 × 6m = 4410m
30/2の1gあたりの長さ
25m
16/1の1gあたりの長さ
27m
ここまでは、全体の長さと本数の計算になります
今回は経絣が入りますから、二通りの計算が必要です
地の幅) 1.05寸(絣)1.6寸(絣)1.6寸(絣)1.6寸(絣)1.6寸(絣)1.05寸
地の本数) 76本 112本 112本 112本 112本 76本
1.05寸は織布の両端にあたります 計算では 35 × 2 × 1.05 = 73.5となりますが、糸本数は綜絖が4枚のため4で割り切れる数字が望ましいので76本とします
地の総本数)(76 × 2) + (112 × 4) = 600本
地の糸全長) 600本 × 6m = 3600m
地の必要量) 3600m ÷ 25m = 144g
経絣は緑の濃淡の2色があります 淡色をa 濃色をbとします 1分(ぶ)= 0.1寸です
絣の幅) (地){b…1分 a…1分 b a…2分}(地){ }に同じ(地){ }に同じ(地){ }に同じ(地){ }に同じ(地)
絣の本数 絣部分の1つパターンの糸本数 {b…8本 a…6本 b…2本 a…12本}
絣の総本数 a…(6本 + 12本) × 5パターン = 90本
b…(8本 + 2本) × 5 パターン = 50本
絣の必要量 a… 90本 × 6m = 540m 540 ÷ 27m = 20g
淡色、16/1を使用
b… 50本 × 6m = 300m 300 ÷ 25m = 12g
濃色、30/2を使用
綿専門の問屋さんから購入する綿糸は、依頼しなければ未精練の状態です 綿糸は糸の製造や撚糸過程で油分などの不純物が付着しているため、精練をしないと糸染めができません 問屋さんに頼むこともできますが、大量でないと受けて頂けないためと、必要な量だけ丁寧にできるので、精練は自身でするようにしています 難しい方法ではありませんが、劇薬指定の薬品、固形苛性ソーダをを使用するので、取り扱いには厳重な管理と注意を要します 苛性ソーダは、取り扱い染料店が限られています また、購入の際には署名捺印が必要です
織計画の計算で、経糸の地糸の量を計算しました これをもとに綿糸30/2の精練をします なお、緯糸の必要量は経糸の整経が終了した時点でおおよその量を計算します そのため、精練も経糸と緯糸は別に行うことになります
地糸の計算上の必要量は144gですが、綿糸30/2の1綛は約110gで1綛では足りないことと、経絣糸の染の際に余分に1綛染める必要があることから(理由は経絣糸の糸染で記します)3綛を精練します
糸の重さを計ります …3綛 = 330g
タンクに糸の重さの20倍の水を入れます …330g × 20 = 6600cc = 6.6L
糸の重さの3%の苛性ソーダを量ります …330g × 3% = 9.9g
この時、必ずゴム手袋を着用します 苛性ソーダは、素肌に付着するとただれることがあります この時はただちに洗い流し、医師の手当を受ける必要があります その他、床に落とすと床材が傷みますから、慎重に扱います
9.9gの苛性ソーダを、タンクの水に入れます
糸の重さの1%の洗剤を量ります …330g × 1% = 3.3g ここでは針状マルセル石鹸を使用します
タンクに針状マルセル石鹸を入れます タンク内の精練液を撹拌し、火をつけて沸騰させます 中火にし、乾いたままの330gの綿糸を、沸騰した液に入れます 液に糸が浸透するまで染色棒で撹拌し、液の表面から出ないように沈ませます この段階で、液が茶色くなります 精練特有の匂いもしますから、換気に気をつけます 沸騰状態を保ったまま、30分煮沸します
30分経ったら火を止め、ただちに糸を引き上げて、そのまま自然に冷まします この時精練液に浸けたまま冷ますと、糸から分離した不純物が精練液の中で再び付着しますから、必ず液から離します
冷めた糸をひとまず脱水し、水洗いをします 精練前についていた汚れは既に糸から離れているので、石鹸カスを落とすこと精練特有の匂いが感じなくなれば水洗いを終え、脱水し干します
(注*固形苛性ソーダに水をかけることは厳禁です 必ず、苛性ソーダを水に入れます)
(注*この方法は綿糸に行います 絹糸には当てはまりません)
一見無地でもわずかに違う色合いの経糸を混ぜると、織物に深みと奥行きが出ます
今回、同じ黄色でも違う染料で2種類の色を染めます ひとつはゲレップのアルミ媒染で2綛、もうひとつは刈安(かりやす)のアルミ媒染で1綛です そのうちゲレップのアルミ媒染の2綛のうち1綛は単独で、もう1綛は経絣糸と一緒に染める予定です
写真は、左から緑に染める前の藍の中色と淡色と精練後の30/2です 天然染料で緑を染める場合は、藍に染めた糸に黄色を染め重ねて緑にします 今回の藍の種類は本藍ではなく、藍の成分を凝縮した粉末をソーダ灰とハイドロサルファイトで藍建てして染めたものです
糸染は、同じ工程の繰り返しです ここに記すことも重複するところがあります その際は、詳しい説明を省いて先に進みますのでご了解ください
素材が綿にしろ絹にしろ、天然染料の重ね染めは色を濃くするだけでなく、色味を深くします
天然染料で染める黄色は染料の種類も豊富で発色しやすい色ですが、それでも綿糸は絹糸より染まり付きが悪いので、染め重ねの回数が多くなります
今回、地の黄色にゲレップの輪切りという染料を使用します ゲレップは、ブラジルやメキシコ原産のフスチックというクワ科の高木の樹皮で、以前はパウダーエキスを使用していましたが、今は木を砕いた輪切りを使っています 現在は輸入されていません アルミ媒染で、とても美しい華やかな黄色に染まります ただ、今までのゲレップ染は絹糸のみで、綿糸の経験はありません
また、過去のゲレップの色見本はエキスのものしかありません エキスは煎じ液を凝縮したものなので少量でも濃く染まります 樹木自体を煎じる方法とはパーセンテージが違うので、あまり参考になりません 初めての染料のつもりで樹皮を煎じる染料を参考にして、ゲレップ輪切りを糸に対し30%の割合に決めます また、媒染剤は先媒染で生明礬(きみょうばん、カリみょうばん)を7%使用します 生明礬は、アルミ媒染の媒染剤のひとつです アルミ媒染の7%は高濃度ですが、初めての綿糸のゲレップ染なので、思いっきりよく使います
あらかじめ、綿糸30/2、1綛を水に浸しておきます
糸の重さの7%の生明礬を量ります …110g × 7% = 7.7g
ホーローのボウルに生明礬を入れて熱めの湯を注ぎ、木さじで撹拌します 生明礬は溶解が悪いので、湯で撹拌しただけでは溶けません ホーローのボウルを弱火にかけてゆっくりと溶かします
タンクに糸の重さの20倍の35℃程度の温湯を入れ、その中に溶かした生明礬を注いで撹拌します 水に浸しておいた糸を脱水し、よくさばいてから、生明礬の媒染液に糸を入れます 染色棒をタンクの縁に渡して綛糸を染色棒に輪にかけて、ゆっくり繰りながら均等に媒染液を浸透させます 充分に浸透したら、糸をタンクに浸して中火で昇温します 70〜80℃になるまで、綛が乱れないように染色棒で繰ります 沸騰したら約30分煮沸し、その後火を止めて媒染液ごと放冷します 放冷は、糸に媒染液を充分に浸透させるために行います ゆっくりと放冷した糸はムラになりにくく、染液も染まり付きやすくなります
糸を冷ましている間に、ゲレップの輪切りを煎じます 媒染液の糸が40℃以下に下がる時間を逆算して、染料を煎じる準備をします ゲレップはさほどではないですが、染料によっては酸化が早いものもあるので、気温などを考慮して放冷の時間から逆算し、染料の煎じに入ります
糸の重さの30%のゲレップの輪切りを量ります 輪切りの名称ですが、ほとんどチップ状です …110g × 30% = 33g
ゲレップがかぶるくらいの水を注ぎ、中火で煎じます 沸騰後、30分煎じます 煎じている間に水分が干上がるようだったら、水を注します 30分経ったら、別のタンクの中にザルと布で煎じ液を漉します
ゲレップの染液に、糸の20倍の温湯を足します …110g × 20 = 2200cc
これが染浴になりますが、媒染液に浸したままの糸が40℃以下に冷めてから染めます
生明礬の媒染液に浸した糸が40℃以下になったら、アンモニア処理をします これは糸に媒染剤を固着させるために行う処理です 省いても染まりますが、染浴に媒染液が滲み出たり濃く染まりつかないことがあるので、必ずするようにしています
ボウルに2Lの水を入れます そこにアンモニア水を4cc/L(水1Lに対し4cc)入れます …4cc × 2L = 8cc
40℃以下に下がった糸を、脱水機を使わずにゴム手袋を着用して手で絞ります その糸をよくはたいて、アンモニア水の薄め液に約10分浸けます
15分経ったら軽く絞り、水で振り洗いをします 2回ほど水を変えて洗い、白く濁る水が出なくなったら脱水をし、用意しておいたゲレップの染浴に入れて火にかけます アンモニア処理の後は、ただちに染めに入ります
ゲレップの染浴に入れた糸は、温度が上がるにつれ染料の色が染めついてきます 昇温の加減に気をつけ、ムラにならないように70〜80℃になるまでは丁寧に糸を繰ります 沸騰したら火を中火にして、30分煮沸します
30分経ったら、放冷をして染浴の色をできるだけ糸に吸収させます この染浴の放冷は、焦らずにゆっくりと待った方がいいようです 酸化の激しい染料はできませんが、ゲレップのような樹木や樹皮の染料は一晩ほど浸けておいても差し支えありません
充分吸収させた後、水洗いをします タライや流し台に浅く水を張り、振り洗いをして水に色がついてきたら脱水をして、また振り洗いをします 脱水と振り洗いを小刻みに繰り返すことで、糸に付着した余分な染料を早く落とすことができます
天然染料は、とことん水洗いをして色落ちを最小限度に落ち着かせます それでも色落ちはしますが、糸が乾いてからも手に色がつくようなことがなければ充分な洗い方です
今回の生明礬7%とゲレップの30%の割合はかなり濃かったようです 1回の染めで思っていた程度の濃さが出たので、これで良し、とします
もう1綛の糸染めに選んだ刈安(かりやす)は、イネ科の植物で長い穂は稲の穂に似ています 以前は長い穂のまま購入していまいたが、現在は1cmほどにカットして売られています 切られていても、発色は同じです 刈安は大量に煎じることが多く、自分で切るのは大変です 切ったものを購入する方が楽だと思います
こちらも先媒染で、媒染剤は生明礬を使用します パーセンテージは高濃度の7%です
綿糸30/2、1綛を水に浸しておきます 糸の重さは110g 生明礬の量は 110g × 7% = 7.7g これを量り、ゲレップの先媒染の時と同じように媒染液を作ります
放冷をしている間に、刈安を煎じます 刈安は酸化が早いので、煎じたらただちに染めに入ります そのために、放冷の時間との逆算を徹底します 刈安のパーセンテージは、糸に対し100% これは糸と同量となり、高濃度になります できるだけ濃い黄色を得たいと考え、この割合に決めます
糸の重さの100%の刈安を量ります …110g × 100% = 110g
刈安が浸る程度の水を入れ、火にかけます 今回は刈安の量が多いので、タンクで煎じます
沸騰後30分煎じて、時間が経ったらただちにザルで漉します 刈安は葉が大きいので、粗めのザルのみで大丈夫です
漉した染液に、糸の20倍の水を加えます …110g × 20 = 2200cc
アンモニア処理を施した糸を、刈安の染浴に入れます
均等に糸を繰り、昇温します 1綛の染めは染浴が少ない上に、昇温が早いためにムラになりやすく、充分吸収されないことがあるので、特に注意します 沸騰後30分煮沸し、その後火を止めて放冷します
充分冷ましたら、色が流れ落ちなくなるまで水洗いをします 脱水し、干します
この刈安染めは100%の高濃度だったのですが、乾いた後の色が濡れた状態の半分ほどの薄さになりました
時間をおいて、もう1回同じ手順で刈安を染め重ねて色を濃くしようと思います ここですぐに2回目の染めに入らないのは、1回目の色を落ち着かせるためです また、天然染料はひとつの色に1日がかり、あるいはそれ以上かかることもあるため、急いでやりすぎると疲れてしまいます
2週間後、生明礬7%の先媒染で刈安100%の重ね染めを行い、先に染めたゲレップの糸との濃度の調整をしました
黄色と一言でいっても、様々な色があります
刈安は、やや尖った色味を持っているように感じます(黄色の2綛のうち、写真左) また、ゲレップは発色がいいせいか柔らかい黄色に見えます(同、写真右)
この2つの黄色をどのように並べてひとつの黄色にしていくかは、今はまだ考えていません
天然染料で緑色を出すためには、藍で染めた糸に黄色を重ねる方法が堅牢度も高く確実です
手持ちの藍の綿糸は、随分前に着尺を織るために染めた糸の残りで、中色の綛は110gと手つかずですが、淡色の方は30/2と16/1を合わせて80gですからかなり半端です 物持ちの良さには我ながら感心します
この藍の中色と淡色を緑色にします 緑色にするための黄色の媒染剤と染料は、地糸と同じ生明礬とゲレップの組み合わせです 地を染めた時に感じた発色の良さに期待します
中色と淡色を別々に染めることにします まず中色にゲレップをかけて緑の具合を見てから、淡色の濃度を決めます 緑の濃淡の差が大きい方がいいか、微妙な違いが効果があるのか、今ひとつつかみきれません
藍中色の綛糸は110g あらかじめ水に浸しておきます
今回の媒染剤の生明礬の割合は6%にします …110g × 6% = 6.6g
藍は熱に弱いために、煮立てるとどうしても藍の色が落ちますが、すべて落ちてしまうことはありません
放冷、アンモニア処理の工程を経て、煎じて漉したゲレップの染液に入れます
入れた当初はわかりにくいのですが、沸騰後30分して再び放冷に入る頃、どうやら緑の色味が見え始めます 想像していたよりも、やや青みが強いように感じます
もっとも、乾いた状態でないと本当の色はわからないので、放冷後水洗いをして糸の乾くのを待って淡色の染めに入ります
2日後、淡色のゲレップ染をします 同じ生明礬の先媒染で、割合は中色と同じ6%です …80g × 6% = 4.8g
当初、中色の藍にゲレップをかけて明るい緑を想像していましたが、乾いた糸の色もどちらかといえば青みの強い深緑のような色になりました 例えて言えば、歳月を経た古い竹の色に似ています これはこれで味のある色かもしれないと思い、淡色の藍を同じパーセンテージに染めて明るさを際立たせたいと思います
この淡色の藍は、30/2と16/1を合わせて80gです そのうち16/1の方に藍の色ムラがあり、逆にこのムラがどのような緑を醸し出してくれるか、と期待します
この淡色の緑は放冷の濡れた状態でも黄緑に近い色になり、実際には乾いてみないとわかりませんが、中色の緑との対比は充分際立ってきたと思います
この淡色の緑が陽にあたる竹の肌になり、中色の緑は影を表します
絣の防染(染まらないようにすること)には、括りの絣技法を用います 他に板締め、摺り込みなどありますが、この括りの絣方法は道具が少なくて済み、また考え方も簡単です
こうした地糸の中に経絣が入る柄ゆきの時は、先に経絣を作ります
藍の中色と淡色に黄色を染め重ねて1週間後、経絣の準備のためにこの糸の糊付をします 絣の括りは糸を縛るために、多少なりとも傷めることになります 糊付は経糸を扱いやすくするためと保護するために行います
糊付は、しょうふ糊を使用します 割合は、3% 糸が古いこともあり、濃い糊にします
糊付後、糸が乾いたら糸巻きをします 中色の緑を大管5本、淡色の緑を大管9本用意します 今回、竹を模した経絣を5組整経しますが、ずらしを入れるために5組のうち、Aパターンを3組、Bパターンを2組、別々に整経します 整経の方法は、輪整経です
整経の長さは6m、整経台を横に4往復します
大管の立て方…中色=a、淡色=b、とします
大管本数 …14本 経糸本数 …28本
そのうち、淡色2の糸を30/2、淡色4の糸を16/1とします
この大管14本での1往復が竹1本分の0.4寸で、経糸28本になります
Aパターンはこれを3往復して、一旦整経を終わらせます …28本 × 3 = 84本
同じ長さでBパターンは2往復をします …28本 × 2 = 56本
あぜを留めるテープ、始点と折り返し点の経糸の括り付けはAパターンとBパターンを別にします
なお、経絣糸を整経した整経台の道順は、この後地糸を整経する際にも使用します この作業はすぐに行うことではないので、忘れないように道順をメモしておくか、別種の糸を整経台に渡しておくようにします
経絣のずらしは、細かく微妙なずらしは専用の経絣ずらし台を使用しますが、今回のようにA、Bの2パターンを等間隔にずらすだけなら手製のずらし器を使った方が簡単です ただし、この方法は3人の人手が必要になります
ペーパーデザインをもとに、2つのパターンの絣と絣のずらす長さを測ります 必ず2つの絣の先端から先端の長さを測ります ここでは1.5寸です 直径1.5mm程度、長さ3〜4cm程度の釘を4本と、その釘をしっかり打てる木材を2個用意します
その木材の中心に線を引き、その線状に1.5寸間隔の印をつけ、その印に釘を打ちます 同じことを、もうひとつの木材にもします
この釘を打った木材がずらし器になります 1人に1個ずつずらし器を持ってもらいます 整経をしたAパターンとBパターンの経糸のあぜの位置を並べてまっすぐに伸ばし、ふたつのずらし器の釘に経糸の端(始点)と端(折り返し点)をかけます 経糸の端を括ったテープではなく、経糸自体の端にかけます
ずらし器にかけた経糸がまっすぐにたるまないように伸ばして、しっかりと張ります
捨て糸をそれぞれの経糸につけます 捨て糸とは作業中に経絣が絡まないようにするもので、特に絣のパターンが2つ以上ある時は必ずつけます 用が済めば捨てることから捨て糸といわれます 丸い筒を用意します ここではトイレットペーパーの芯を使っています この筒に、綿糸16/2を巻きます 16/2でなくとも構いませんが、単糸や16/2以上の太い糸は向きません
2人に張ってもらいながら、もう1人は忙しく動きます 釘にかけた経糸の端を外し、この筒に通します 通した後、再び釘にかけます 経糸の端に筒に巻いた捨て糸を結わえます そのまま、経糸の上に筒を滑らせていきます 経糸に捨て糸が斜めに巻き付けられていきます
滑らせていって端に行き着いたら、捨て糸を切って端に結わえ、釘から経糸を外して筒を抜きます
同じことを、もう一方の経糸にも行います
捨て糸を付けた経糸を同じ力で引っ張ります ふたつのずらし器を同じ方向に縦に向けます
AパターンとBパターンの経糸がひとつになります この状態のまま、ふたつの経糸をひとつに結わえます 最初はずらした経糸の釘の前を結わえ、次に釘にかけた経糸の端同士を紐を細く裂いたもので結び付けます
ずらし器が横から縦になったことで、経糸が1.5寸ずれます 経糸をしっかり固定したら、釘から外してくさりあみをし、括り後の染めのために経絣糸の重さを計ります …40g
経絣の括りは、絣の経糸を長く伸ばして張った状態を維持して行います 柱に取り付けた金具に経糸を結わえて、弛ませず、強く張ります 綿糸は伸びる性質がありますが、糸が1本だけ弛むこととは違い、経糸全体が伸びるのなら差し支えはありません
今回の経絣は括りをする長さが2.8寸なのに対し染める長さは0.2寸と 括る方が長く染める長さが短くなります 絣の括りには、熱に強く丈夫でしなやかな梱包用の平巻の紐を使用します 括りが短い場合はこの紐だけで充分防染できますが、2.8寸(約10.6cm)ほどの長さになると、紐を巻き付けるだけだと隙間から染料が染みて防染に失敗することがあります そのために、2.8寸の幅に調理用ラップをくるんで、その上から紐を巻き付けます
染める長さと括る長さを測り、印をつけます 印をつける道具は、染めの道具で布に下絵を描く時に用いる青花ペンが便利です 水で消えるので糸に跡が残りません
2.8寸よりも短くラップを巻きます ラップを2.8寸丁度に切ることが難しいことと、括る両端は紐で強く押さえるためにラップは短い方がやりやすいです
括る長さにより違いますが、今回は平巻の紐を肩幅よりやや長めに伸ばします 紐は切らずに平巻につけたままにします (右利きの場合)左端の括りの印に紐を合わせます 手前側から後ろ側に紐を回します 左端の印に合わせた紐を左の親指と人差し指で押さえて、右手で紐を上から下へ経糸に斜めに巻き付けていきます 右手で巻いている紐は肩幅より長めに伸ばした方、左の指で押さえている紐は平型の巻きに繋がっています 紐の幅の1/3〜1/4ほど重ね合わせながら隙間を空けずに、指先に力を入れて巻きます
2.8寸の右端に着いたら右側に付けた印に沿って折り返し、左に向かって同じように斜めに巻いていきます 2.8寸の長さを2度巻き付けることになります
左の指で経糸を押さえて右の指で紐を巻きますが、紐を巻く反動で張った経糸が捩れることがあります 捩れが大きくなると測る長さの誤差の原因になるので、なるべく経糸を真っ直ぐに保つようにします
紐を往復させて巻き始めの部分に戻ったら、印を確認してもう1回紐を巻きます これは括りが長いために巻き始めの紐がずれることがあるからです
巻き終った紐の結び方です 平型の巻きに繋がっている方の紐を、巻き終わりの部分の下で1回輪にします
輪の中に、経糸を巻いて戻ってきた紐の端を後ろから入れます
輪に入れた紐の端を押さえながら、平型の巻きに繋がっている輪にした方の紐を引っ張ります
解け防止のために、結びの作業をもう1度繰り返します 紐が短くなってやりにくいこともありますが、念には念を入れます
左端に2回結び付けたら、平型の巻きに繋がっている方の紐を短く切ります こちらの紐を長いままにしておくと解けやすくなります
経糸を巻いた紐は、やや長めに切ります 染めが終わってからこの括りを解く時は、この長めの紐を引っ張ります そのために邪魔にならない程度の長さに切ります これで巻き終わりの結び方の完成です
経糸に巻く方の紐の長さが足りなくなった時はやり直しますが、同じことを繰り返すので次第に長さも要領を得てきます また、経糸につける印は、あらかじめ絣の経糸にすべてつけると、消えてわからなくなったり、経糸の捻れのために見えにくくなったりします 括りひとつずつ付けるのも億劫ですから、3〜4カ所ずつ付けて印を付けた分をまず巻いて、それから先に進んだ方が正確に測れます
経糸の括りが終わったら、括りが幾つあるかを数えます …47ヵ所 経糸を金具から外し、経糸の端に結わえた紐を結んで通常の綛糸の枠周程の輪にします 染める時は、必ず綛の状態にします
紐で括った経絣糸は、染める前に沸騰した湯で5分程煮沸します これは紐を強く締めることと、括る前に付けたしょうふ糊を落とすためです しょうふ糊は完全には落ちませんが、ある程度は溶けます 5分煮沸後、脱水をして絣糸の染に入ります
括る前に経絣糸の重さを計りました …40g 絣糸を染める時は括った長さを引いて実際に染める部分のみを計算して重さを調節します 今回の経絣は、染めない長さが2.8寸、染める長さが0.2寸です
絣糸の染料量の計算です 染める長さは0.2寸 …約0.7cmです 括った箇所は47あり、これは染める箇所も同じく47あると数えます 0.7cm × 47パターン = 32.9cm となり、染める長さの全体量が出ます 経糸の整経長が6mで、そのうち織らない切り捨て分が50cmあり、そこは柄にはならないので括っていません ですが、括らなかったため染まることになります そのために32.9cm + 50cm = 82.9cm …約83cm …0.83mが染めたい長さになります 6mに対し0.83mが何割ほどになるかを計算します 0.83m ÷ 6m = 0.1383… となり、整経した長さに対して約14%の量になります これを糸の重さに当てはめると、40g × 14% = 5.6g という極端な少量になります これはこれで染められないことはありませんが、媒染剤や染料の割合を決める時にあまりに少量だと染めにくいことと、律儀に染色方法に固執していて経糸を焦がすことにもなりかねません そのため、今回は精練済みの綿糸30/2、100gを経絣糸と一緒に染めて、媒染剤や染料、染浴の量を多くして強い黄色を出すことにします この30/2綿糸100gは、そのために他の経糸と共に精練しておいたものです
緑の経絣糸に重ねる染料は、生明礬7%の先媒染でゲレップ30%とし、地糸に染めたパーセンテージと同じにします ここで染めたい0.2寸の絣を地の色と同化させたいので、高濃度の媒染と染料で試みます
計算上の経絣の重さが5.6gであれば、30/2綿糸100gと一緒に考えて差し支えはないので全体糸量を100gとします
生明礬 …100g × 7% = 7g
ゲレップ輪切り …100g × 30% = 30g
経絣糸の染に必要な媒染剤と染料の量です
染め方は同じですが、絣に括った糸を染める時に気をつけることは、染浴の中で紐の切端を糸に引っ掛けないようにすることです 特に今回のように絣糸だけでなく綛糸も同じタンクで染める場合、この切端が綛の糸に潜り込んで撹拌ができなくなることがあります 実際は綛糸と一緒に染めることはあまり良いことではないのですが、今回はやむを得ず行いました
絣は括ってない箇所を、特に面倒を見る必要があります ゴム手袋を着用してタンクに手を入れて、紐で括った部分と染める部分との境目をよく揉み、ひとつずつ絣の括りの際(きわ)に液をいれてやるようにします 括らなかった経糸の中に媒染液や染液が浸透しないと染料が染まりつかず、2分の小さい絣がさらに短くなってしまいます ゴム手袋をしていて、もうこれ以上は手を入れられないと思う熱さまで続けます こうすることで、絣部分の長さのムラができにくくなります
染めの工程を経て、経絣が染まりました ただちに紐を解きます 絣の括りの紐は濡れたまま放置しておくと、糸が切れやすくなったり括りの紐が解けにくくなることがあります 脱水した直後に取り外します
紐を巻いて最後に結んだ時に、切端が短いものとやや長めのものを作りました その長い方の切端を引っ張るとひとつ目の結び目が解け、もう1度引っ張ると巻いた紐を簡単に解くことができます
2.8寸の緑を挟んで、濃いめの黄緑色がくっきりと現れてきました
括りを解いて濡れた状態の経絣糸を、整経台にかけて乾かします まだ湿った状態の経絣糸を整経台にかける時、実際の整経長よりも短く縮んでいることがありますが、根気よく伸ばして整経した糸道の通りにかけておけば、地糸との長さの誤差が少なくなります
経絣糸と地糸になる3綛は、それぞれ別に糊付をします これは経絣糸に地糸の色が移らないようにするためです
地糸30/2の3綛(ゲレップの明礬媒染の2綛と刈安の明礬媒染の1綛)は一緒に糊付をします これら3綛の糊付の割合は、しょうふ糊3%です …3綛 330g × 3% = 9.9g
経絣糸は絣を括る前に3%の糊付をしているので、しょうふ糊2%の糊付にします …経絣糸 40g × 2% = 0.8g
経絣糸は、絡まらないように小さく輪にします
そのまましょうふ糊の中に入れ、上から押さえるように糊を吸収させます
糊付後、絣糸は手で堅く絞り、やや輪を大きくして、2、3回床に叩き付けて糸をほぐします 叩き付けることで、糸1本1本がばらけます その後、整経台にかけて乾かします
糊付を終えた地糸を整経します 地糸のゲレップと刈安を染めてから1ヶ月と2週間ほど経過しています 糊付をすると色味がくっきりとして、あらためてゲレップと刈安の色の濃さの違いを感じます ゲレップ染は1回のみ、刈安染は2回重ねていますが、ゲレップの方が黄色が強く濃い印象です
当初、刈安の黄色を主体にしようと計画していましたが、変更します ゲレップを主にし、刈安はあるかなしかの程度、隠し味にします 幸い、経絣糸と一緒に染めたゲレップの100gもありますから、糸量は足ります
整経の方法は輪整経です 大管の立て方を決めます 刈安…a ゲレップ…b
大管16本のうち、刈安を3本、ゲレップを13本とします この大管16本で、1往復経糸32本が整経できます
経絣の間に入る地糸は、合計総本数をまとめて整経しても構わないのですが、大管立ての上段と下段を使用する場合、ひとつのあぜに4本の経糸を整えるために、経絣と地糸を合わせた際に計画の本数通りに並ばないことがあり、粗筬がやりにくくなります 今回のように経絣より地糸の幅が大きい場合、ひとつの地糸ごとに仕切って整経をした方が粗筬の作業がやりやすくなるため、その方法を用います
両端の地 …糸本数76本 76本 ÷ 32本 = 2.375 大管16本で2往復した後、大管6本で1往復
経絣の間の地 …糸本数112本 112本 ÷ 32本 = 3.5 大管16本で3往復した後、大管8本で1往復
112本の地は4つありますから、これを4回繰り返します 面倒な計算ですが、これで粗筬の時に経絣糸と地糸を合わせて柄ゆきを正確に見ることができます
整経台の道順は、経絣糸を整経した往復と同じです 経絣を整経してからだいぶ時間が経ちました 別種の糸で道順を残しておいたので、同じ長さに整経することができます
整経終了後、経絣糸と地糸を合わせて、重さを計ります これは、緯糸のおおよその使用量を算出するためです …経糸総量180g
別々に整経した経絣糸と地糸を同一にする方法は、絣の大きさや糸の細さ太さによって様々ですが、今回は粗筬工程の前に一緒にします この作業は、経糸をすべて伸ばして行うと、経糸の流れやずれ加減が見えてやりやすいです
最初に、経絣糸を意匠の順に並び替えます 経絣はAパターンが 3種 × 28本 = 84本、Bパターンが 2種 × 28本 = 56本あり、それぞれ別に整経をしています これを28本ずつ分けて、AーBーAーBーAの順番に入れ替えます
柄ゆきを同じにするため、あぜの結び目の向きを同じにし、AとBのあぜに別々にあぜ棒を通します Aのあぜ棒の中で、28本ずつ3束に分けます 同じようにBのあぜ棒でも28本ずつ2束に分けます 絣のずらしに使用した手製のずらし器のような、突起が2本立っている形状の物を用意します この2本の突起の間に経絣糸のあぜを入れていきます
まず、AとBのそれぞれのあぜ棒の同じ向きの紐を片方だけ外します Aのあぜ棒からあぜの交差を崩さないように28本を抜き、捻れを作らないように抜いた方向のまま2本の突起の間にあぜを入れます 次に、Bのあぜ棒から28本を抜き、先程突起に入れたAの上に乗せます 同じようにあぜの保全と捻れに注意します 再びAのあぜ棒から28本を抜き、Bの上に乗せます AーBーAーBまで同じ作業を続け、最後にAの28本があぜ棒に残ります このあぜ棒に、突起に乗せた経絣糸を入れた向きのまま移します これで、経絣糸が意匠の通りになります 28本ずつ経糸の輪の部分をひとくくりに結わえておきます
並び替えたAとBの経絣糸を伸ばし、28本ずつの経糸を最後の端まで分けます 糊付がされているのでパリパリ剥がすような感じになりますが、切らないように気をつけます
次に、この経絣糸と地糸を合わせます 地糸のあぜにあぜ棒を通して床に置き、その上に経絣糸のあぜ棒を乗せます そして、経絣糸を合わせた時と同じように、今度は地糸と経絣糸を合わせます 最初に端の地糸の76本を地糸のあぜから分けます 先程経絣を分けた時に使用した突起に、この76本を入れます この時、76 ÷ 4 = 19 で、19のあぜの交差を拾うと簡単に分けられます 次に経絣糸のあぜから最初の28本=Aを分け、地糸の上に乗せます その次は地糸112本を分け(112 ÷ 4 = 28のあぜ)、同じく突起に入れます さらに経絣糸の28本=Bを分けて突起に入れます これを繰り返して地糸と経絣糸を合わせます 最後の地の端の76本が残ったあぜ棒に最後の28本=Aの経絣糸を入れて、経絣糸のあぜ棒は空になります そうして、突起に入れておいた地糸と経絣糸を地糸の入っていたあぜ棒に入れます この方法で注意することは、あぜを捻らないで、あぜ棒から離した通りに突起に乗せ、乗せたままの状態であぜ棒に返すようにすることです
あぜ棒に地糸と経絣糸が一緒になったら、通常の方法で粗筬をします
さらに、千巻に進みます 経糸をすべて伸ばし、千巻箱のロット棒に均一に括り付けます
ロット棒に括り終えた時、経糸は経絣糸の方が弛んでいます これは、絣の括りの時に経糸を強く張って伸びたためです 特に、綿糸は伸びる性質があるのでその点が顕著です このまま千巻を続けると、経絣糸と地糸との張りが大きく食い違い、織る時に支障が出ます そのために地糸と経絣糸との長さを調整します
経糸の長さ6mをすべて伸ばします 千巻箱に重しを乗せて、できるだけ動かないようにしておきます ロット棒に括り付けた経糸のうち、弛んでいる経絣糸のみをまとめて引き上げ、地糸と差を縮めて合わせます その際きっかり同じに合わせるよりは、経絣糸の方を引っ張り気味に合わせると良いようです この作業は感覚のものでもあるので、何度も直しながらその中で1番いい張りを見つけていくことが大切です そうして地糸と経絣糸の張りを調整して、千巻を行います
さらに、綜絖通し、筬通し、男巻結び付けと続き、経糸が高機にかかりました
通常、緯糸の準備は、整経が終わった頃に糸染を行うように心がけています 経糸の状態を目で確かめることで、頭の中で予定していた緯糸の色が適切かどうか、おおよそ判断できるからです
今回は、経糸を高機にかけるまで緯糸は染めていません 織幅の中に計画通りの本数がないと、緯絣の柄が違ってくることがあります また、緯幅(よこはば)の正確な織縮みがどのくらいかを確認の必要があります そのために、まず実際に試し織りをした方が良いと思いました
30/2綿糸を35羽の丸羽で織る選択は、綿の着尺によく使う組み合わせです 着尺を織っていた時は、30/2の経糸に16/1の緯糸を常に使用していました 着尺の際の緯糸の予想使用量をもとに、今回緯糸をどのくらい使うかを計算します
素材により違いますが、着尺の場合経糸の総重量の約60%を緯糸に使用するといわれています
経糸総重量 …180g × 60% = 108g
おおよそ1綛ちょっとの使用量です 地の色は1色ですが、緯絣を別に作るので、16/1を地の緯糸に2綛、絣糸用に1綛、合計3綛を精練します
精練後、緯絣用の1綛のみしょうふ糊で糊付をします これは、経糸同様絣の括りから糸を守るためと、糸を扱いやすくするためです しょうふ糊の濃度は3%です
今回の緯絣は幾何絣(きかがすり)のずらしなので、緯絣台を使って括ります 木枠の長さは約64cm、幅は約4.5cm 緯糸の最長使用長は60cmです 2本の専用の調整棒を立てて、この間に糸を渡して緯絣の糸を作ります この木枠の表面には調整棒を立てる穴が空いていて、自在に長さが調節できるようになっています
今回の緯絣の意匠は、竹の葉です ペーパーデザインでは9個の台形が並んでいるように描きましたが、この形を微妙にずらして竹の葉の細長い印象を描けたら、と思っています 竹の間に漂う葉という意匠なので、厳密に経絣の間何寸のところに緯絣を入れるという緻密さではありません
同じ幅の緯絣をずらして模様を描く方法を、手結い(てゆい)といいます 緯糸1本1本を少しずつずらしていく作業は根気がいります ずらしの緯絣には「あそび」といわれる余分な糸が必要で、緯絣糸は実際の緯幅よりも長く、そのあそびの糸を操りながら柄を作ります
緯絣の括りの前に、括る幅とずらす長さを割り出します
ペーパーデザインでは、
(地の端)1.5寸ー(絣)0.4寸ー(地)0.2寸ー(絣)0.4寸ー(地)0..2寸ー(絣)0.4寸ー(地)2.4寸ー(絣)0.4寸ー(地) 0.2寸ー(絣)0.4寸ー(地)0.2寸ー(絣)0.4寸ー地(端)
このような順になります
絣のずらしの幅は最大で0.5寸です これは、下段の絣の端から上段の絣の端までの長さの差で割り出します 下段、中段、上段がひとつのパターンになり、1パターンおきに傾斜の角度が左右違いになりますが、これは緯絣を入れる方向を替えることでおさまります
手持ちの16/1の綿糸での試し織をして、緯絣の段数と織縮みの割合を確認します 0.1寸の長さを織るのに緯糸が約10段入りました 緯絣のずらしの1パターンの模様は3つなので、10段 × 3 = 30段 ですが、誤差を10段加えて40段とします 1パターンが47ヵ所あるので、40段 × 47ヵ所 = 1880段 が必要となります これはあくまで計算上の段数です
緯幅は、経糸を通した筬の幅と比べておよそ0.2寸縮みました この緯糸の織縮みの計算は微妙で、織幅に対して緯絣がどの程度影響するか、いつも悩みます 実際に織る時は織前に伸子を付けて織るので、試し織をする織り付けの部分よりも織幅は広くなるせいもあります 結局、筬に通っている経糸の幅を織幅として、緯絣の幅とします
前述のように、ずらしがある緯絣はあそびの糸が必要です あそびの糸はある段では織り込まれ、ある段では織端からはみ出したり、いろいろな動きをします この動きを計算して、今回の緯絣のあそびは片方に1.4寸、もう片方に2.1寸のあそびの余裕を作り、緯絣の長さは13.2寸とします
緯絣台に13.2寸に切った紙テープを貼り、その長さに合わせて調整棒をつけます 紙テープに、絣に括る長さの印をつけます この緯絣台は、整経台の調整棒にはめて作業をするようにできています 整経台の前部に調整棒を取り付け、緯絣台の底中央に空いている穴に、整経台の調整棒を挿します
糊付をした綿糸16/1を大管に巻きます 計算上は1綛全部使いませんから、多めに1綛の2/3程巻いておきます 糸を巻いた大管を、大管立てに立てます
大管の糸を、緯絣台の調整棒に結わえます
整経台に挿した調整棒を中心に、緯絣台を回します 片手で緯絣台を回し、片手で大管から伸びる綿糸を同じ張りで緯絣台にのせていきます テーブルに緯絣台を置いて手で糸を巻いていくこともできますが、そうすると糸の張りがまちまちになることがあります その点、整経台に取り付けて回す方法は、緯絣台に巻いた糸の張りが均一になります
1度にどれくらいの緯糸を巻くかですが、細かい絣ほど本数は少なくします 経絣と同様に、太く括った絣はその中まで染料が浸透しにくくなります 経絣の場合は経糸本数の関係で太くならざるを得ない時もありますが、緯絣の場合はその点調整ができます 緯絣の大きさにばらつきがないようにするために、1束40本の緯糸を作ります 緯絣台を1回転すると2本の緯糸ができるので、それを20回繰り返します
20回転40本の糸を巻いたら、調整棒の脇で糸を結びます 織る時にすぐに解けるような結び方をしておきます
両端の調整棒の脇に、紐を細く裂いたものを緩めに通し、3cmほどの余裕を持って堅く結びます これは2本の調整棒の脇の糸に両方つけると、染めた後に緯糸を巻く時に便利です
緯絣を括ります 緯絣台に貼った紙テープにつけた印にそって、糸に印をつけます 三角定規を緯絣台に立ててテープの印を写すとやりやすいです
梱包用の紐での絣の括り方は、経絣と同じです 緯絣台に6つの緯絣が括り終わりました
括り終わった緯絣糸は、絡まらないように細く裂いた紐を付けてかけておきます
計算上の必要となる緯絣糸の量は計算上は1880本ですが、はたして頭の中で考えているような緯絣の柄が出るかどうかの不安もあります 予備に10段足しましたが、0.1寸10段という数え方も試し織の本数です そして、1番の心配は実際に織った時に他の柄に変更することもあり得るということです これは意匠の変更ではありますが、ペーパーデザインでの意匠と実際の経糸と緯糸との交差の中でできる柄ゆきはまったく違うものです 絶対の思いにとらわれず、柔軟に織り進めたいと思っています
念のために、多めに緯絣糸を作ることにします 計算上は、1880段 ÷ 40本 = 47組(ひとつの括りが47個)ですが、やや多く60組作ることにします 40本 × 60組 = 2400段となり、余ったら余ったで良し、と考えます
緯糸は、地の16/1の2綛と緯絣糸60組を一緒に染めます これは、同時に染めて緯絣の段と地の違和感を少なくするためです
最初に、括った絣を締めることとしょうふ糊を落とすために、緯絣糸を5分ほど煮沸します
煮沸したら脱水をします 16/1の綿糸2綛は、水に浸しておきます
緯糸の染料と媒染剤は、生明礬7%の先媒染で刈安100%です この染色方法は経糸を染めたやり方と同じです
刈安はとても澄んだ黄色です 経糸の時も感じたことですが、1回の染めで染まる色がやや弱く、緯糸の染めは最初から重ねることにしていました 3回ほど重ねたら濃くなるのではないかと思っていたのですが、1回目の刈安染の4日後に、2回目の同じ生明礬7%刈安100%で染めた時に、重ねたほど色が濃くなっていないように感じ、急遽3回目の染料を変更します
経糸と同じ生明礬の先媒染でゲレップを刈安の上に重ねることにします ゲレップの鮮明な黄色がやや尖った感のある刈安の色味を消してしまうかどうかの不安はありますが、今は黄色を濃くすることを優先します 重ねる生明礬は5%、ゲレップ輪切りは8%で、先媒染の後にアンモニア処理を行います この染め方は、パーセンテージは違いますが、経糸の地糸を染めた方法と同じです
刈安の重ね染めの時もそうでしたが、染め重ねる時、どうしても先媒染の媒染液に前に染めた色が落ちます 逆に糸に付着した前の染料が重ねた媒染剤に反応して後媒染の状態で染まり付くこともあります まったく違う色味を重ねるとそれがはっきりわかりますが、今回のように色味は違っても同じような黄色の場合はそれがわかりにくく、ただ媒染液に色が落ちているとしか見えないようです
ゲレップを重ねた結果、やはり刈安よりもゲレップの方が色の発色がいいらしく、くっきりとした黄色になりました ただ、経糸よりも媒染剤と染料の濃度が薄いために、刈安の色味は残ってくれたようです
緯絣の括りを解き、乾かします これで、経糸緯糸共に染めは終わりです
時間をかけて糸を染め、試し織をして織縮みを確かめて、…これで大丈夫だろうと織り始めても、やはり誤算が出てしまいます
織りの段階に入って最初に困ったことは、緯絣を開口した経糸の間に入れると見えにくくなってしまうことです いったん杼を戻して緯絣の位置を確認しますが、糸として見ている時にはくっきりとわかります 経糸も黄色、緯糸も黄色で、白い絣が目立たなくなってしまうことを考えつかなかったから起きた誤算です 経糸におさまる位置がはっきりとわからないと柄を織ることができませんから、緯絣を括った意味がなくなります
ふたつ目の誤算は、黄色地に白い絣という組み合わせです 織る側が織りにくいことと同じで、黄色地に白い絣が見えにくいのです 予想していたようなくっきりと浮かび上がる白い絣、という印象ではなく、何となくぼんやりとそこにある、という雰囲気なのです
竹の葉の意味がなくなってしまいました 地の黄色に執着するあまり、絣の出方に神経が回っていませんでした
しばらく男巻に頬杖をついてしまいました が、ここまでやってこの体たらくでは情けなかろうと、とにかく違う方法を模索することにします
竹の葉以外の地の緯糸は1本遣いで織り、竹の葉の緯絣の部分だけ絣を2本重ねて試したら、案外くっきりと白い絣が浮かび上がりました これなら見えるな、とは思いましたが、2段の緯絣を同じ位置に重ねることで竹の葉の微妙な細長さが出しにくくなります 緯絣糸を少しずつずらして葉の形を出したかったので、このずんっとした斜めの矩形崩れの形は、どうにも葉に見えないのです それに0.4寸の白い絣の間の0.2寸の黄色の部分も、2本遣いの緯絣のために葉と葉の境の意味を出しにくくなっています
織った部分の経糸を張ったり緩めたり、角度を変えて見てみたり… そんなことを繰り返し、考え方を変えることにします
黄色を大事にしようか、
白い緯絣も、緑の経絣ですらも、この調子だと黄色に埋没しそうな気配があります なら、「黄色の風呂敷を織る」という注文の本来の目的に添うことにして、後は意匠のように織り進めていく方がこの織布に似合っている、と決めます
緯絣は2本遣いで重ねて織ることにします 2本を一緒に織り込むのではなく、経糸の同じ開口に1段緯絣を入れ、1段目に合わせてもう1段を重ねます そうすることで、白い絣が目立つようになります 地の緯糸は、1本で平織をします 緯絣の入れる場所は、最初は測りながら入れるつもりでしたが、経絣の黄色に染め分けた部分を目安にして、あまり神経質にならずに織ることにします ただ、緯絣の傾斜の向きだけは間違えることのないように心がけます
緯絣の合わせ方ですが、当初考えていたよりも形ができにくいことになりますが、それでも竹と竹の葉という意匠は大切にしたいので、できるだけ細長く工夫をします
竹の節にあたる経絣の黄色い部分に近づいてきたら、その1cmほど手前で地の緯糸を杼箱に置いて休ませます 踏み木を踏み替え、開口した経糸に緯絣糸を入れます 織耳からはみ出た緯絣のあそびの糸を操り、白い絣部分の位置を決めます 最初の段は緑の縞に緯絣の白い端が触れる辺りに止めます
緯絣を打ち込む時は、必ず経糸は平らの状態にします そうすることで経糸が緯糸を押さえてずれにくくなります 経糸の開口を閉じて1回筬柄を打ちます
1段目と同じ踏み木を踏み、再び同じ経糸を開口します 1段目の打ち込んだ緯絣が剥がれないように注意し、緯絣糸を入れます
1段目の緯絣の白い部分に2段目の緯絣を合わせます この時、織前間近で合わせるとずれが少なくなります
経糸を平らにして1回筬柄を打ち、さらに踏み木を踏み替えてもう1度打ち込みます
このような手順を繰り返し、2本1組同じ踏み木で織り、これを6回繰り返します 糸本数は6回で12本になります 2本1組の白い絣は揃えながら、少しずつずらします 2回目の2本は、1回目の絣の白い部分の真ん中程に白い絣の端を置くくらい大きくずらします 3回目、4回目、5回目は前の段より経糸2〜3本ずつずらします 6回目の2本は5回目より大きくずらして、1回目と6回目のずらしの長さを同じほどにします 下段の絣12本ができます
地の緯糸を1本遣いで平織8段織ります その後また緯絣になります 中段の緯絣の始まりは、下段の始まりのほぼ1.5cm傾斜の先にします それからの作業は先程の連続になります
2本1組で緯絣を12段、8段の平織、その繰り返しで緯絣の九つの傾斜の柄ができます 九つの緯絣の間に平織の地を織り、Aパターンの経絣の黄色を目安に、傾斜の正反対の九つの緯絣を織ります 傾斜の正反対の緯絣を織る時は、緯絣糸の杼を反対側から入れると同じ間隔で柄を出すことができます
緯絣のあそびの糸の始末は、今回の緯絣は12本で0.1寸と短いことと、0.1寸の絣の間に8本の平織が入るので、あそびの糸を織耳に差し込むことはせずにそのまま織耳に垂らしておきます 糸の太さにもよりますが、もっと奥行きのある緯絣だと、4段に1回程の頻度であそびの糸を織耳の端の糸に引っ掛けて織前に入れ込み、緯糸と一緒に織って織耳が弛まないようにします
緯絣の本数と絣の位置を決めたら、後はひたすら織るだけです
気をつけることは、打ち込みです 筬柄の中央を掴んで毎段同じ力で弾むように強く打つことは、気の抜けない作業です 幅は着尺と同じで、着尺の方がずっと長いのですが、6mでも充分長いと感じます
もうひとつ、伸子の使い方も難しいものです 織物の伸子の役割は横幅を安定させることですが、それでも織縮みが強いようです それは、おそらく緯の織縮みが試し織に測った時以上に多くなっているからだと思います こまめに織前に付け替えないと緯絣の位置がずれてきます さらに、緯絣を織った織面に伸子の針を付けてしまった時、危うく糸が切れて穴が空きそうになり、ヒヤッとしました 同じ段に2本の緯糸を入れているために、織面がところどころ弱くなっているようです こんなに伸子の扱いが難しかった記憶がないので、やはり丁寧に織る習慣を忘れていたのか、以前は何も考えずにただ楽しんで織っていただけなのかもしれません
慣れてくると黄色地に白い絣の見分けもつくようになり、また。緯絣の多少の形の違いもいいのではないか、と思い始めます 緯絣糸の括りの加減で白い部分がやや長いところもあり、それが何段か続くと細長い葉の形をしてくるので、我ながら嬉しくなります
人により得手不得手はあるでしょうが、こうした細い糸を気を遣いつつも1段1段織り進めていくことは、何より幸福を実感できるひとときです
緑の竹の経絣が終わり、竹の色から煮過ぎたホウレンソウのような緑色に変わってきたら、織る作業は終了です 千巻のロット棒が綜絖枠の30cmほど手前のところで止まり、筬と織前の間の経糸に鋏を入れます
男巻に巻いた織布を戻すと、糊が効いていることと打ち込みの強いためか、手触りがごわついています
仕上げの前の織布の始末をします 経糸が切れたところは織面ぎりぎりで糸を切ります 緯絣のあそびの糸は、仕上げの邪魔になるので切ります 今回は縫製をするので無造作に切っていますが、布として見せる時は他の方法を用いることもあります
織布の織り上がりの長さと幅を測ります 長さは5m20cm、幅は9.9寸です
3日後、午前中は陽射しが出るという前日までの予報を信じ、朝から仕上げの準備にかかります 今回、自分で水通しの後の伸子張りをします
マフラーやショールを織ることが多かったので、仕上げの伸子張りは20年ぶりくらいです 絹ショールなどの柔らかい織布の仕上げは、水通しをした後に弱い脱水をして形を整えで干すだけなので、比較的簡単です
主に着尺を織っていた頃、学生時代に習ったせいもあり、水通しだけは自分でするようにしていました 卒業後、自宅の庭の木の幹に綱を張り、枝を払いながら伸子張りをやっていたこともありますが、どうにも場所がうまくとれずに困りました
以下、余談です
近くの公園の木立に目をつけ、道具一式を抱えて行ったことがあります タライに公園の水を汲んで水通しをし、公園の木立に綱を結び、布を挟む道具を使って濡れた着尺を落とさないように緊張して伸ばしている時、木に結わえた綱が解けて濡れた着尺が土の上に落ちてしまいました 頭が真っ白になっていたところに、公園でゲートボールをしていたおばあさんが寄ってきて、言いました
「なに、下手なことやってんの、こんなとこで伸子張りするバカ、いないよ、」
言われたわ、とへこみましたが、このおばあさんは口の割に手慣れた手つきで布の様子を見てくれました ゲートボールのお仲間が呼んでいます あの〜、いいですから、うちに持って帰りますから、と情けない調子で言うと、
「うち、どこ?」 と、聞かれ、名前と住所を答えると、
「ああ、なんだ、お母さん、お元気?」 と、笑いました
実は自宅の近くの悉皆屋を兼ねる呉服屋さんのおばあさんでした 七つのお祝い着を、母がその呉服屋さんで揃えたことは知っていました この呉服屋さんは着物を商うだけではなく、自宅で湯のしや洗い張りもする、この近辺に多い染色関係の職人さんです とにかく、おばあさんはゲートボールに復帰せねばなりませんし、こちらは顔を真っ赤にして土のついた濡れた着尺を持って帰りました 帰宅して母にその話をすると大笑いをされ、そこに持っていけば何とかしてくれるんじゃないの?と言いました
翌日その呉服屋さんを訪ね、応対した息子さんに、実は昨日、と言いかけて、
「ああ、聞いてますよ、」 と、やはり笑われましたが、土のついた着尺の処理と湯のしは快く引き受けてくださいました そして、数日後伺うと土は無論落ち、さらに見事にきれいに湯のしもされて織布は立ち直りました 職人さんの腕は半端なものではない、と実感した思い出です
そのことがあってから自分で着尺の仕上げをすることはやめたのですが、今回の織布は5mちょっとと短いことと、専門の職人さんにお任せすると風呂敷として残したい織布のごわつきまできれいにしてくれるので、ここは自分でやるだけやってみようかと、思い立った次第です
洗濯を干す物干竿をかけるY状の柱2本の間を測り、5mの織布を半分にして輪にすれば何とかなるだろうと推測します そして、そのつもりで前日にこの柱の辺りの枝払いと草取りをしておきます
5m20cmの織布を輪にし、布端を木綿の縫い糸で縫い付けます
織布の幅よりかなり余裕のある棒を2本用意します これは展示に使用するラワン材の棒なので、あらかじめラップをかけて木の汚れや色が織布に移らないようにしておきます 棒の1ヵ所に前もって丈夫な紐を結わえておき、物干の柱に括るだけで良いようにしておきます
織布を輪にしたまま水槽に水を貯め、織布を入れます 綿は水の浸透が良い方で、瞬く間に水が布に入っていきます
約1時間半ほど水通しをし、濡れた状態のままたらいに織布を移します
庭に出て、慎重に輪にした織布に、まず1本の棒を通します 織布が棒の中央にくるように通し、棒に結わえた紐を織布を挟んでもう1ヵ所結び、棒と三角形になるように物干の柱に巻き付けます 物干の柱から紐がずれないことを確かめて、たらいの中でもう一方の織布の輪にもう1本の棒を通し、濡れた織布を反対側の物干の柱に伸ばします 水分を吸っているため重いですが、できるだけたるませずに強く引っ張ります
布張り用の伸子は、竹製で先端に小さい細い針がついています 今回使用する伸子はご好意でいただいたものですが、長さは着尺用でこの織布にはぴったりのものです
この伸子を輪にした織布の上方から、織面の緯糸の線に忠実に等間隔に刺していきます 最初はおよそ10cm間隔です その間隔で輪の下方にも刺していきます 織布に等間隔に刺したら、10cm間隔の間に伸子を刺していきます 約5cm間隔になります
水通しの伸子張りは乾燥時間との勝負です とにかく濡れた状態の時に素早く伸子を刺し、幅を縮ませないようにします
1時間ほどで生乾きの状態になり、今度は伸子を外しにかかります 完全に乾いてから外すと、織耳に伸子と伸子の間の弓なりの跡が残ってしまいます 急いで伸子を外し、弓なりの跡を両手で伸ばしていきます 伸子を外した織布は、張りがなくなったようにたるみますが、乾いていくにつれ、織布本来の張りが戻ってきます
この日は午後から曇りがちになり、それと夏の始めで虫が出始めて織布にまとわりつくので、完全に乾いてはいませんが、織布を取り込んで後は室内でゆっくりと乾かすことにします
水通しなどの仕上げをすると、織っている時には見えかった変化が表れることがあります
ショールでは違う素材を交織して水通しで変化をつけることはよくやることですが、単一の素材で変化が表れることはあまり経験ありません 今回、緯絣で柄を出そうと思ったのですが、黄色地に白い絣でぼやけてしまったので、2本遣いで緯糸を重ねて柄を織り込みました 絣と絣の間の地の織は1本遣いの平織で、そのために2本遣いの緯糸にしぼ(布にシワのような癖がつくこと)が生まれました
これは水通しの段階で表れていたのですが、伸子張りをして織布を乾かした後までそれが残るかはわかりませんでした ですが、どうやらこのしぼは、普通の1本の平織の中で2本遣いの緯糸を受け入れようとしたために起きた歪みだと思います
歪みといっても決して悪いものには思えず、むしろ織布に質感が出て面白いと思いました おそらく、湯のしをしなかったことと未熟な伸子張りから生まれた糸のいたずらに違いないと感じました 自己満足にせよ、あくせくしながらでも自分でやってみるものだなぁ、と思うことにしました ただ、注文主の名手が気に入るかは別の話ですが
仕上げ後、織布の長さは4.87m、幅は9.7寸となりました このことから経の長さの変化は、織り上がり5.5m →機から切り離し5.2m →仕上げ後4.87mとなり、最終的に織縮みは11%、約1割強になります また、緯の幅は、10.5寸→ 9.9寸→ 9.7寸となり、約7.6%の織縮みになります
大抵の場合縫製の前にはアイロンがけをしますが、このしぼを無くしたくないので、それはせずに縫製にかかります
織布を3枚に縫い合わせて風呂敷の縦と横の幅をほぼ同じにするだけですが、ここでも緯絣の柄合わせが大切になります
柄を合わせて、織布の織耳から1cmの幅にへらで印をつけます 2枚の織布を中表に合わせてしつけを縫って、同じことを繰り返して3枚にしてからミシンで本縫いをします そこまではそれほど悩まずに進みました 中表にした織端を裏で開き、ミシンの縫い目を割ってそこだけはアイロンをかけます
…と気づいたのは、織耳の緯絣のあそびの糸の切った跡です 仕上げ前に短く切り、仕上げ後にもさらに切り揃えたのですが、それでも糸の切れ端が残っています 縫い目をただ折っただけだと、この切れ端が汚く見えてしまいます 風呂敷は無論表側を見せるものなのですが、物をつつむのは裏側です 裏側の汚さは、使う人にとって見苦しいものになります
まつり縫いをしようかとも考えますが、そうすると風呂敷の縫い目付近に織布の盛り上がりができてしまいます これも風呂敷という用途にはふさわしくないように思います
和裁に、千鳥ぐけという縫い方があります これで、織布の織耳を裏側に直接縫い付けます この縫い方だと厚みが出ず、気になっていた緯絣のあそびの糸も縫い糸にくるんで目立たなくなりそうです
縫製は苦手ですが、さりとてこのくらいのことを人にお願いするのも情けないし、と、数日かかることを覚悟で始めた最後の仕上げですが、案の定ミシン縫いまでが1日、千鳥ぐけだけで2日、最後に四方のふちをまつり縫いをすることで1日かかった次第です
縫製が終わり一息ついたかと思って縫い目の点検をしていて、また…?のことに気づきます
ミシンの縫い目が、手縫いのところよりも脆そうに感じるのです 千鳥ぐけやまつり縫いは意外としっかり縫われているのに、ミシン目はもし力を込めて左右に引っ張ったらパリッと裂けてしまいそうなか弱さに見えます 実際に引っ張りはしませんでしたが、確かにミシンの上糸と下糸のバランスの取り方に時間がかかったことはあります
解いて、やり直し〜…?
さすがに、ここまできてそれはきつい、と思いました いや、やり直して良くなるならいいのですが、ミシン目を解くとなると織布を傷めることになるように思ったからです
ふと、母がやっていたことを思い出しました
浴衣などの新品の綿の布を裁断する前に、霧吹きでたっぷりと布に水分を吸わせ、そのままバスタオルにくるんで一晩置き、後は部屋の中で乾かしてから裁断や裁縫を始めていたのです 何気なしに見ていたことですが、あれは水通しの簡略化か、縫う前の布を最後に締める作業だったようです …あれ、使えるかも、と思い立ち、裁縫台の上をすべて片付け、3枚に縫い合わせた織布の縫い目を真っ直ぐに伸ばして、縫い目のみにたっぷりと霧吹きで水をかけてみました 布は水分を含むと色が濃くなります 一瞬まずかったかな、と思いましたが、とにかくもうしてしまったことなので、半分諦め気分でそのまま室内の物干にかけておきます
織布としても地の厚いものなので乾く時間はかかりましたが、色が変質することはなく、思ったようにミシン目も手縫いの目も締まって丈夫になっています
大寒の頃に注文を引き受け、目の前にようやく風呂敷の形をした布ができたのは、梅雨の只中です
ペーパーデザインを描くことに手間取り、それをお見せして了解を得たのは雛祭りの翌日 啓蟄の頃に精練を終え、経糸の染めにかかっていました 経絣の準備に入ったのは清明のあと 緯糸の染めは端午の節句の頃 皐月の末日に織りは終わり、勢い増し始めた庭の草刈りを澄ませて久しぶりの伸子張りをしたのは芒種の頃 縫製の迷いからしばらく考え込み、ようやく踏ん切りがついて織布を裁断して、夏至の頃に縫い針をちくちく動かしました
その間、風呂敷作りだけをしていたわけはありません 半幅帯を織ったり、マフラーの試作をしたり 糸染めもやったり…
織物制作は、そうして時間と上手にお付き合いしながら、焦らずくさらず、糸と色との会話の中で楽しんでいくことだと思います
注文主の横笛の名手は、この風呂敷を気に入ってくださるでしょうか
参考文献
清水明子著 技法入門シリーズ 天然染料による糸染と織の技法 講談社
柳悦孝 假屋安吉著 新技法シリーズ 工芸染色ノート 美術出版社
清水とき著 やさしい和裁 日本ヴォーグ社